このところいささか気分がくさくさしておりましたので、今日は思い切って少し遠出してみることにしました。遠出と言っても、泊まりがけで出かけるほどの時間的・精神的余裕はなく、日帰りにせざるを得ませんでしたが、それでもだいぶリフレッシュできたように思います。 どこへ行くか迷ったのですが、日曜日なので、休日だけ運行している「ホリデー快速」というヤツに乗って出かけようと思い、時刻表の月報ページを繰りました。普通の日には通らないルートで走るので、それぞれの沿線はよく知った場所だとしてもなかなか新鮮な気分を味わえ、休日の外出にはちょくちょく利用しています。 「ホリデー快速日光号」「ホリデー快速湘南日光」「ホリデー快速鎌倉号」などいろいろ並んでいましたが、あまり日光や鎌倉へ行く気もせず、結局「ホリデー快速河口湖号」で河口湖へ向かうことにしました。 河口湖の先をどうしようかと思って、今度は時刻表の後ろの方にある民鉄・バス時刻欄を見ると、河口湖駅から下部(しもべ)温泉へ向かうバスが1日3本だけあることを発見。下部温泉は武田信玄の隠し湯として有名な古い温泉場です。体調もよくないことだし、ここはひとつ温泉にでも漬かって来ようと決めました。ネットで下部温泉を調べると、温泉会館というのがあって気軽に入浴できそうです。 ただ、私が考えていた「ホリデー快速河口湖号」は大宮から出るのですが、この電車では僅差でバスの発車に間に合わず、河口湖駅でずいぶん待たなければならないことがわかり、予定を変えて新宿発の「ホリデー快速ピクニック号」に乗ることにしました。
私は日常、大体8時とか9時とかまで寝ています。ひどい時には11時頃に起床することもありますが、今日は昧爽6時半に目覚ましをかけ、その目覚ましでちゃんと起き、7時15分には家を出ていました。道楽となるとちゃんと起きられる自分に失笑。 「ホリデー快速ピクニック号」の新宿発車は8時11分です。うちの最寄りの川口から新宿まで、徒歩時間を含めても1時間はかからないのですが、切符を買ったりする時間を多めにとりました。経験上、休日の朝の切符売り場は混んでいてなかなからちがあかず、時間が気になっていらいらすることが多かったもので。しかし、今朝の川口駅の窓口はすいていました。近郊区間を自由に乗降できるホリデーパスを入手。以前は範囲の広いスーパーホリデーパスというのもあって重宝したのですが、なぜか廃止されてしまいました。 新宿には7時45分頃に到着。日曜朝の中央線プラットフォームには、色とりどりのリュックサックを背負った人々がたくさん右往左往していましたが、ホリデー快速に乗る客はそれほど多くありません。すいているのは臨時列車のメリットですが、もう少し利用されても良いように思います。 車輌は昔の急行型、デッキのついた車室で、座席は改造されて回転クロスシートになっていました。だから昔の急行より座席的にはむしろ格上だったりします。そういえば私が子供の頃は、この「ホリデー快速ピクニック号」と同じく、大月で分割して甲府と河口湖へ向かう急行列車が休日運転されていたことを思い出しました。甲府へ向かうのが、今は特急に格上げされた「かいじ」、そして河口湖行きがそのまんま「かわぐち」で、大月まではこれが併結されて行ったわけです。「ホリデー快速」は昔の行楽急行の再来と言って良いかもしれません。
三鷹、立川、八王子、高尾と停車し、特別快速より格上なところを見せつけます。新宿からの利用者はあまり多くありませんでしたが、立川や八王子からはだいぶ乗客が増えました。 停車駅は少ないものの、臨時列車の悲しさで、あんまりスピードは出さないようです。わりとたらたらと走って、9時31分に大月着。ここで甲府行きと分割し、富士急行に入ります。そうするとますますスピードが落ち、河口湖までの26.6キロを走るのに50分を要しました。悠然たるものです。富士急行はしばらく前から「フジサン特急」なるデラックス列車を走らせていますが、これも所要時間は40分かかり、停車駅の差などを勘案すればホリデー快速と似たような走りっぷり。もう少しスピードアップしないとクルマに対抗できないのではないかと思います。 次第に富士山が間近に見えてきました。まだ雪を冠していないので、あまり富士山らしく見えません。今日は一体に曇りがちで、頭の方はきれいに笠をかぶったようになっていました。 河口湖着10時26分。バスは48分に発車します。
来たのは天然ガス燃料の小型のバスで、15人ほどの団体が一緒に乗ったもので、車内はいっぱいになってしまいました。15人の団体ではさぞやかまびすしかろうと思いきや、ささやきひとつなくしんとしています。それもそのはずで、聴覚障碍者の団体なのでした。介護役を兼ねたらしき数人の引率者がわずかに言葉を交わすほかは、ひたすら無言で手話だけが飛び交っている車内。馴れないもので非常に不思議な気分でした。 聴覚障碍者の団体は15分ほどで下りてゆき、車内が急にガランとしました。 このバスは河口湖と西湖はそばを通るだけで見ることができませんが、精進湖と本栖湖の湖岸を通り、富士の氷穴、風穴なども経由します。なかなか見所の多い路線ですけれども、利用者は少ないようです。 残った乗客も次々に下り、途中から乗る人はほとんどなく、本栖湖で青年がひとり下りてしまうと、あとは私と、バス会社の身内らしき人のふたりだけになりました。日曜でこの有様なら、平日などは空気だけを運んでいることが多いのではないかと思います。 本栖湖の先のトンネルをくぐると、あとはおそろしく深く切れ込んだ谷へ向かって急傾斜を下ってゆきます。はるか下に、これから進んでゆくはずのつづら折りの道が覗いているのは、あまりいい気分のものではありません。早く下りてしまってくれ、と念じながら乗っていましたが、バスはスピードをセーブしながらゆっくりと走ります。時折、後続のクルマを先に通したりしました。ようやく人里に入った時にはほっとしました。 人里に入ってからひとりだけおばさんが乗ってきましたが、結局終点の下部温泉まで、それ以上乗客は増えませんでした。
下部温泉の町中も、日曜だというのにいやに不景気にひっそりとしています。まあ考えてみれば、週末に泊まりに来て、日曜の午前中に帰途につくという人が多いのでしょうから、午過ぎともなればひと気がなくなるのも無理はないかもしれません。混雑を避けて日・月と泊まりに来る高齢者などの客はまだ到着していないのでしょう。 バスは駅から少し温泉街に入った駐車場まで通じているのですが、運転士が 「お客さん、どこへ行かれますか」 と訊ねてきました。温泉会館へ行くつもりだと言うと、 「じゃあこの橋のところで下りちゃってください。すぐそこの建物ですから」 と、下ろしてくれました。 温泉会館というから、広い浴場や大広間がある立派な施設を予想していたのですが、運転士が指さした建物は、何やらこぢんまりとした、田舎の公民館といった趣きがありました。玄関をくぐると、段ボール箱の中にスリッパがたくさん放り込まれており、「下駄箱は左です」と書かれた紙が貼ってありました。靴を下駄箱に入れ、 「さてと」 と呟くと、玄関ホールでテレビを見ていたおばさんがあわてたように立ち上がり、それこそ公民館の事務室みたいな受付へ入ると、 「ご入浴ですか。300円になります」 と言いました。 休憩室はいくつかあるようでしたが、いずれもせいぜい6畳とか8畳とかの狭い部屋で、風呂も民宿並みというか、3人も漬かればいっぱいになってしまう程度の浴槽でした。私が入った時には浴槽に3人、洗い場にふたりほどいて混雑していましたが、やがてみんな上がってしまいました。狭い浴室といえどもひとりになれば充分な広さです。 下部温泉の湯温は非常に低いと聞いていましたが、ここはそれほどでもありません。ややぬるめではありますが、ちゃんとお湯になっています。ボイラーでも焚いているのかしら。 窓から見える渓谷を見ながらゆったりと温泉に身を沈め、風呂は思ったよりちゃちだったものの、やはり来て良かったと思いました。時々はひとりでこういう時間を持たないと、私の心身はどうも不調になるようで。
すぐ上がるのがなんだか惜しい気がして、浴槽から出たり入ったりしながら50分くらいも過ごしてしまいました。ひとつには、下部温泉のぬるい湯には1時間半くらい漬かってようやく効果が出たというような話を聞いていたためもあったのですが、上がってみたらかなり湯当たり気味でした。玄関ホールでしばらく息を調えてから温泉会館をあとにします。 この温泉場で唯一の娯楽施設と言ってよいかもしれない「金山博物館」へ行ってみました。看板の「博物」のところが新たに書き換えられたようになっています。前は「金山資料館」だったようです。博物館を名乗るには「博物館法」の規定をクリアしなければならないはずで、最近クリアできたのでしょう。下部の奥の「湯の奥」という地域は、昔から黄金の産出で知られ、武田信玄が大いに活用したのでした。日本における鉱山開発のルーツみたいな場所なのです。展示は簡素ながら、映像資料を多用し、いろいろ工夫されていました。 それから駅前の食堂に入って「金山そば」なるものを頼んだら、金箔を散らしたざるそばでした。普通のざるそばの値段との差額300円が金箔代らしい。金箔を散らした料理って方々で見るけど、豪華な感じがする他に何かいいことがあるのかしら。金は反応性が弱いから、害にもならない代わり、別にからだによいということもなさそうな気がしますが。
15時15分の身延線の電車で下部温泉をあとにしました。身延線は私鉄を買収した路線なので駅間距離が短く、駅の数がむやみと多い点、飯田線と双璧なのですが、早起きした上に温泉でゆるみきった私は、終点の富士に着くまでおおむね寝ていたので、しょっちゅうの停車にイライラするということもありませんでした。 富士で東海道線に乗り換え、沼津でもう一度乗り換えて東京に戻ってきました。沼津から御殿場線経由の小田急直通特急「あさぎり」にでも乗ろうか、とも思ったのですが、私鉄を使ってしまうとせっかくのホリデーパスが無駄な気がして、沼津からも蜿蜒各駅停車で帰りました。 夕闇が迫る中、南側から見る富士山は、今度は山裾から中腹くらいまで雲に隠れ、上半身だけが浮き上がったように見えていました。その姿がなんだか神々しいように思え、自然と手を合わせてしまいました。 東京に帰ってきて、まだなんだか乗り足りないような気がしたもので、京葉線のプラットフォームへ赴き、「ホリデー快速ベイ・ドリームMAIHAMA」という長い名前の臨時列車に乗りました。これは京葉線で舞浜を経て武蔵野線に入り、ぐるっと半周して南浦和から大宮へ抜け、宇都宮まで行くというへんてこなルートの列車です。南浦和で京浜東北線に乗り換えて川口に帰ろうと思ったのでした。京葉線や武蔵野線をクロスシートの列車で走ることもあまりないので、面白そうだったのです。 「ピクニック号」と違って、車輌はただの普通列車用115系でしたが、ボックスシートの車窓から見るディズニーリゾートの夜景は格別のものがありました。
(2002.9.29.)
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