忘れ得ぬことども

火星の話

 火星の6万年ぶりの大接近ということで、天体望遠鏡がバカ売れしたり、火星観測を折り込んだツアーに人が殺到したり、かなり大騒ぎになっているようです。考えてみれば大接近などと言ったところで、ふだんの(しょう)の時(太陽──地球──火星が一直線に並ぶ時。逆に地球──太陽──火星の順で並ぶのを《ごう》という)に較べて、そう何割も近づくなどというわけではなく、せいぜい数パーセントのオーダーなのですから、少々大騒ぎしすぎではないかという気もします。しかしまあ、それなりの経済効果があったのならよしとするべきでしょうか。
 残念ながら今年の夏ははっきりしない天気が続き、星空を見ることのできる日は少なかったのですが、それでも夜半の中天に輝く赤い火星を眺めながら家への道を歩く、という経験は何回かしました。確かにいつもよりは大きく、輝きが強く見えます。点状でなく、はっきり大きさを持った星という具合に感じられました。実際の距離はわずかな差でも、ずいぶん違うものだなと思います。
 それで思うのは、逆に火星から地球を見たらどんなだろうということです。地球の半径は火星のほぼ2倍ですから、火星から見れば地球は単純に計算しても、地球から見た火星の4倍くらいの輝きで空に浮かんでいることになるでしょう。
 もっとも、現時点では火星からは地球は見えません。火星から見ると、太陽と地球が同じ方向にあるわけですから、地球が空に出ているのは真っ昼間、火星の昼は地球のそれほど明るくはありませんが、太陽が出ている時に他の星が見えるほどではありません。残念ながら、6万年ぶりの巨大な地球の姿を想像するわけにはゆかないようです。
 火星から地球がよく見えるのは、太陽に対して90度くらいの角度にある時で、日没後もしくは日の出前に見えることになります。地球から見た金星水星と同じく、宵の明星もしくは明けの明星となるわけです。軌道が内側の惑星はどうしてもそうならざるを得ません。ただし、地球から見た金星よりはずっと高い位置に見ることができますが。
 将来、火星基地に進出した人たちは、あおあおと輝く地球を眺めては、ふるさとの星に見守られている想いを抱くことでしょう。
 意外と見過ごされやすいのですが、火星の空では、地球に寄り添うの姿もよく見えると思われます。ある人の試算によると、最大の明るさの時にはほぼ0等星になるそうで、これは1等星の2.5倍の明るさですから、相当なものです。火星自身の衛星であるフォボスダイモスを除けば、全天でも十指のうちに入るほどの明るさだそうです。肉眼で他の惑星の衛星が見えるという感覚は、地球にいるとよくわかりませんね。
 月は地球の周囲を廻っていますから、火星から見れば、地球と月がくっついては離れ、離れてはくっつき、まるでダンスを踊っているかのような動きに見えることでしょう。火星に知的生命が居たとしたら、この不思議な双子星の動きから、かなり早い時期に天文学が発達したのではないかと思われます。
 私が子供の頃の未来図では、人類は21世紀初頭にはすでに火星に住んでいるはずだったのですが、実際には火星への有人飛行はまだしばらく先の話になりそうです。ましてや火星移住などは、私の生きている間には無理かもしれません。しかし、火星の大地に立って、空に輝く地球と月の姿を見てみたいというのは、私の子供っぽい夢のひとつなのです。

 火星は引力が地球の3分の1ほど、大気はありますがほとんどが炭酸ガス(二酸化炭素)で、しかも気圧は地球表面の約100分の1しかありません。気温は真夏の昼間の赤道付近でかろうじて10度くらいまでは上がるようですが、ほとんどは氷点下で、まあ地球の南極の気候と似ていると言えましょう。あまり住みやすそうな場所ではなさそうです。
 しかし、南極でもちゃんと生きている動物や植物があるわけで、さらに極度に乾燥した環境や極度に薄い空気の中で生命を維持できるものもありますから、そういった動植物を強化して火星に連れて行くことは可能かもしれません。
 実際、ある種のコケを火星で繁殖させ、地表面を覆って、炭酸同化作用で酸素を作り出すと共に、太陽熱を吸収しやすくし、もっと温暖で住みよい惑星に作り直そうという遠大な計画もあるようです。10万年くらいかければ、人間が宇宙服なしで活動できるほどの環境にすることは可能だというのですが、さてその間人類が生き延びていられるかどうか。
 植物を繁殖させるのに不可欠な水は、探せばある程度手に入れることもできそうです。かなりの量が凍結して地中に封じ込められているのは確かなようです。水があるからと言って即

 ──じゃあ生物がいるかも!!

 と短絡するのはどうかと思いますが、生物が絶対に生きられない環境というわけではないようなので、いつの日にか火星に植民都市ができて多くの人々が日常生活を送るという時も訪れることと信じます。
 時々宇宙に想いをはせるというのは、気宇が壮大になって良いですね。

(2003.8.29.)

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