忘れ得ぬことども

アルシス第8回作品展

 アルシスというのは私が属している作曲家のグループで、東京芸大をだいたい同じくらいの時期に卒業した人たちが集まって作ったものです。正確には私より一期上の卒業生たちが最初に作ったのですが、その後少し上や少し下の人たちもメンバーに入りました。決まった組織や事務局といったものがあるわけではなくて、気が向いたら、あるいは機が熟したら、なんとなく集まって作品展を開くという活動を続けていました。会員も別に固定されてはおらず、何人か中核メンバーは居ますが、一二回参加しただけという人も少なくありません。
 今回は第8回目ということになりますが、第7回が開催されたのは1998年で、なんと8年ぶりの作品展なのでした。だいたい同じくらいの期のメンバーで構成されているだけに、忙しくなる時期も共通していて、第7回以降、毎年の年賀状などでは「今年こそ!」と言い合っているのに結局動きが起きず、ずるずると8年が経ってしまったわけです。
 それが去年の春くらいから急に話が具体化して、第8回を開催しようということになったのでした。

 アルシスには特に内規があるわけでもありませんが、第5回あたりから、単にメンバー個々の好き勝手な作品を持ち寄るだけではなくて、内容にある程度統一を図ろうという方針になっています。よくある現代ものの作品展とは一線を画したいという気持ちがありました。「試演会」ではなく、あくまでもひと晩の「演奏会」としてお客を呼べるものを、ということです。
 ただもちろん、作風などを統一するわけにはゆきませんので、今のところ、楽器編成に共通点を持たせるという方法を採っています。ひとりないし何人かの演奏者に協力して貰って、それを中心に多少の他の楽器を混ぜるとか、そんな形です。
 ただこのやり方だと、中心となる演奏者は、全部自分が演奏するわけではないにせよ、何曲もの新曲をひと晩でこなさなければならないわけですから、多大な負担がかかることは否めません。そんなことを頼める人は限られてきます。
 それで、第5、6回の作品展で協力して貰ったマリンバ奏者の小川佳津子さんに、三たび登場していただくことになりました。アルシス自体が久しぶりなので、ある程度気心が知れた人に頼みたいということでもありました。

 私が出品したのが「マリンバのためのソナチネ」で、これは確か小川さん自身から
 「一曲くらい独奏の曲が欲しい」
 とリクエストがあったのだと記憶しています。20世紀には室内楽というと、いろいろ変わった編成を使うのが好まれ、私自身も管楽器弦楽器取り混ぜていろんな楽器を使ったことがありますが、最近わりとシンプルな単一音色、できればひとりだけの演奏者による無伴奏曲を作ることに興味を抱いておりまして(「Suite: Sweet Home」あたりからそういう気持ちが強くなって参りました)、他に希望者が居なければ私がその独奏曲を書いてみようと名乗りを上げたのでした。
 年末年始はこの作品の作曲に追われていましたが、新曲の作品展にしては早めに仕上がったと思います。
 そのあと、チラシやチケット、プログラムなどの印刷を私が担当することになってしまったため、他のさまざまな編曲仕事などとあいまって、非常に忙しいことになったのはご存じの通りです。

 チラシなどは最近驚くほど廉価で作れるようになっていますが、そういうところは完全データで送る必要があり、メンバーの中にはあまりデザインの才能のある者が居なかったため、今回のチラシはデザインから印刷屋に頼んでしまいました。その分やや高くつきましたが、それにしても格安業者との競争があるためか、昔よりは安上がりになってきたような気がします。
 プログラムは部数も少ないので、手刷りすることにしました。今年になってから9年ぶりにプリンタ−を買い換えたところ、同じインクジェットプリンターなのに前の機械よりとてつもなく高速かつ美麗な刷りになっていて感動モノでしたので、この分なら500部程度のプログラムを全部プリントアウトでできるのではないかと考えた次第。一部だけプリントアウトしてあとはコピー機で量産するという手もありますが、画像が入っていると目が粗くなってあまりきれいになりません。
 プログラムの作成はわりと馴れているので、レイアウトなどにはさほど苦労はないのですが、何がいちばん大変かと言って、他の人から原稿を貰うのがどうにもらちがあかなくて大変なのです。それでも最近は原稿送付も催促もメールで済むようになっているので、だいぶ楽になりました。とはいえ、なかなか原稿を送ってこない人に催促すると、何月何日にすでに送ったはずだというような返事が来たりして、そういう送信ミスも起こり得るため、やはり気疲れします。この一週間ほどはだいたいそんなことに追われていました。

 その一方で、もちろん演奏のリハーサルにも立ち会わなくてはなりません。私の曲は独奏で、他と合わせる必要がないのでむしろお手軽だったとも言えるのですが、演奏者である小川さんとしては、他の人と合わせる曲を優先せざるを得なくて、私の曲の弾き込みはかなり最終段階になってからだったようです。私がはじめて音を聴いたのは、実に先週の水曜日の話でした。
 弾き込みはじめると、どうも私の作品はおそろしく難曲であることが判明したようです。だいぶご苦労をおかけしたようで、小川さんは悲鳴を上げながらも、
 「他のマリンビストじゃ、これとっても無理じゃないですかねえ」
 と、自負のほどを覗かせていました(←ここを読んで発奮して、「それなら自分も弾いてやる」と申し出て下さるマリンビストのかたをお待ちしております♪)
 他の出品者の作品の様子はまるで知りませんでしたが、ともあれ、そんなこんなで本番当日。

 作品発表の時は自分が演奏するわけでないので、本番日は意外と気楽なものです。13時くらいに会場の練馬文化センターに行きました。すでに楽器の搬入などが始まっています。
 作曲者用の控室が一室確保されていたので、開演までは主にそこで過ごしました。自分の曲のリハーサルがおこなわれる時だけホールへ行って聴きます。
 このリハーサルはゲネプロというわけではなく、どちらかというとホールの音響に楽器の音を馴染ませる作業であって、全曲を本番通りに通すということは特にやりません。演奏会のゲネプロというのは演奏に関する稽古というだけではなく、より大事なのは演奏所要時間や配置転換の時間などの確認をおこなうことなのですが、そちらに関しては今回はぶっつけ本番になります。当日の進行表は、私がごく大雑把に目分量で作ったものですから、下手をすると延び延びになって収拾がつかなくなるおそれがありましたが、まあやむを得ません。
 結果を先に言えば、私の作った進行表は実に的確でした。ステージマネージャーの判断で5分遅れで始まりましたが、終わってみても10分とは遅れていませんでした。しかも演奏会全体の所要時間も、休憩を入れてほぼ2時間という、理想的な長さになったのでした。曲の配列も、事前の会議であれこれと揉めましたが、絶妙と言うべきプログラムとなっていました。過去のアルシスの作品展でも、これだけ構成がうまく行ったことはなく、やはりそれぞれに8年分の経験を身につけてきていたと言えるのかもしれません。

 夕方急に暴風雨となって、客入りが心配されましたが、幸い開場時刻の18時にはすっかり晴れ上がっていました。
 やはり現代音楽のコンサートだけあって、開場と共にお客がどっと入ってくるというわけには参りません。ぼつぼつと、しかしそれほど切れ目も無しに入ってきているようでした。
 最終的には約200人ほどのお客が入ったようです。600人近いキャパのホールだったので、いささか空席が目立ちましたが、それでもまあ、現代音楽のコンサートとしてはましなほうでしょうか。
 作曲家の作品展というのは微妙なところがあって、副業でピアノ弾きを兼ねていたりすると、
 「あなたが演奏するのだったら行くんだけど」
 と言われてしまうことがちょくちょくあるのでした。今回私もそう言われましたし、阿知波吏恵さんなんかもそう言われて配券が思ったほど伸びなかったとのことです。なかなか、作品そのもので人を惹きつけるというのは難しいものです。
 打楽器は配置転換に時間を要することが多いので、今回は竹内誠さんが全体の司会進行役を務め、それぞれの曲の前に作曲者が出てきて何かしゃべる、という形にしました。新曲発表の前に作曲者がしゃしゃり出て来て何やらしゃべるのは、言い訳がましくてみっともないようでもありますが、経験から言ってお客はそういうイベントがあったほうが喜んでくれるように思えますし、今まで全く聴いたことのない曲を聴くわけですから、多少ガイドがあったほうが入りやすいでしょう。
 まずは岡澤理絵さんの「オーボエが詠う5つの詩」。今回はすべての曲にマリンバ奏者の小川佳津子さんが登場します。この曲はマリンバの他、オーボエとコントラバスが加わっています。妙な編成のようですが、実は小川さんからのサジェスチョンがありました。岡澤作品は一種の無言歌というような性格のものだったようです。
 次が私の「マリンバのためのソナチネ」でした。マリンバの広い鍵盤上をマレットが縦横に駆けめぐる様子を、視覚的にも楽しんで貰いたいという気持ちがあったのですが、お客には一応その意図が伝わったようです。相当にヴィルトゥオーゾ性の高い曲であったと思います。小川さんは「他のマリンビストには無理かも」と言っていましたけれども、いろんな人が挑戦してくれれば、その中で奏法も確立されて、マリンバ音楽のスタンダードな地位を獲得できるのではないか……などと夢想しています。
 3曲目が鶴原勇夫さんの「Tsudoi」、これはマリンバ・フルート・オーボエ・コントラバスという編成で、大変可愛らしい作品でした。途中ワルツのようになったりします。
 以上三曲が前半でしたが、抒情的な岡澤作品、ヴィルトゥオーゾ的な私の作品、そしてチャーミングな鶴原作品と並ぶと変化にも富み、飽きない構成だったと思います。
 後半は最初が竹内さんの「妄想と現実の狭間で私は狂う」というおそろしげなタイトルのついた作品でした。編成は岡澤作品と同じ。竹内さんの作品はたいていこういった曰くありげなタイトルがついていますが、曲想はタイトルから想像されるようなガチガチの前衛作品ではなく、むしろイージーリスニングな印象を受けることが多いのでした。
 次が山下恵さんの「ふたりあそび」で、私の作品に次いで編成は小さくマリンバとヴィブラフォン(数箇所にトムトム)だけ。この曲だけ小川さんはマリンバを離れてヴィブラフォンに廻り、マリンバは小川さんの弟子の篠田浩美さんが担当しました。山下さんは私に先立つこと数ヶ月、去年の春頃に結婚したばかりで、言ってみればまだ新婚さんであり、「ふたりあそび」というタイトルにはいろいろ想像をたくましゅうしてしまいます。ピロートーク・ミュージックではあるまいかというと本人は嫌がっていましたが……
 最後が阿知波さんの「遙かなる西地への憧憬」、マリンバとフルートとコントラバス、それにアフリカの打楽器「ジャンベ」が加わります。この人の作品は聴きやすい上に大変派手に響くものが多く、ジャンベを担当した赤羽一則さんがもうノリノリだったこともあって、最後を締めるにふさわしい楽しい曲になっていました。
 後半の三曲も、前半とある程度配列の傾向が似ていつつ、まただいぶ作風の違うものが並んでいたりして、全くこれ以上のプログラミングは考えられないのではないかと思う次第。

 現代音楽のコンサートということで、やや怖じ気をふるっていた人も、最後まで愉しめたようで、今のところ好意的な感想が圧倒的です。いわゆるゲンダイオンガクマニアから見ると生ぬるい作品展であったかもしれませんが、少数のマニアのための音楽を作るつもりはないというのがアルシス一同の共通の気持ちです。
 8年ぶりにやってみて、いろいろ大変ではありましたが、やはりやって良かったと思います。このままはずみがついて第9回もそう間を空けずにできれば良いのですが……

(2006.5.21.)

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