忘れ得ぬことども

和服の復権を望む

 昼まえに外出したら、振り袖姿の若い娘さんがたくさん街を歩いており、そういえば今日は成人の日であったと思い当たりました。週の中で決まった用事はいくつかあるので、何曜日というのを忘れてしまうことはあまりありませんが、祝日のたぐいにはかなり無感覚になっているようです。仕事柄、世間が休日であろうと、自宅でやっている作業は休むわけにもゆきませんし(というか、休む気にもなれない)、逆に仕事が無かったり余裕があったりする場合は世間の人が働いているあいだに遊んだりもできるわけで、自由業のありがたさもつらさも表裏のものであろうと思います。

 成人の日はしばらく前から移動休日になっており、1月の第二月曜ということですから、いちばん早くて8日、遅くて今年のケースの14日であり、本来の日であった1月15日には決してならなくなりました。
 何年か前に、もう公費でやる成人式などやめてしまったらどうかというようなことを書いたことがあります。その予算があるなら、「成人講習」みたいなものを課し、その修了者に成人としての待遇を与えるということにすべきで、そのほうが選挙権他の成人の権利を「獲得する」という気持ちになり、当の新成人にとっても意識が異なってくるのではないかと論じました。
 今も基本的にはその考え方は変わっておりませんが、女の子たちの華やかな、かつ板に付かない晴れ姿を見ていると、今や日本女性の大半が、成人式のような機会でもないと、和装などすることがほとんど無いのではないかとも思い至ります。あとは卒業式か結婚式くらいでしょうが、それらも最近は和装率がだいぶ下がっているのではないでしょうか。

 成人式が無くなれば、一生和服など身につけないという女性が相当増えそうです。それもなんとなく寂しいような気がします。もはや和装文化そのものの継承がおぼつかなくならないとも限りません。
 女性が和装をする機会、和装が格好良いと多くの人に思われている数少ない機会である成人式を、文化継承のために残すべきかもしれない、などとも考えます。
 とはいえ、年々伝えられる成人式での醜態を見ると、やはりこんなことに公費を使うのはあほらしいという想いもつのります。何かもっと他に、若い女性が和装をしてみたいと思える行事を考案してみたらどうでしょうか。

 和装が嫌われている、というより億劫がられているのには、いくつかの原因があると思います。
 まず、着付けの面倒くささが第一でしょう。今はもう、年配の女性でも自分で着付けのできる人はごく少なくなっています。皆さん、美容院などへ出かけて行って着付けをして貰っています。自分でやるためには、少なからぬ受講料を払い込んで着付け教室に何度も通わなければなりません。いくらかつては女性のたしなみであったにせよ、衣服を身につけるというそれだけのために、そんな手間暇とお金をかけなければならないのは、今どき明らかに不合理というものです。
 そしてもちろん、アイテムの高価さがあります。一生ものと言っても、何十万円、ものによっては何百万円もする衣類を、そう手軽に買える人は居ません。帯一本にも大層なお金がかかります。それだけでなく、クリーニングに出しても目の玉が飛び出るほどの料金をとられます。
 着た時の不自由感というのもあるでしょう。これは男である私にはわからないところですが、和服を着ると歩幅も小さくならざるを得ず、身動きがとりづらいであろうことは想像できます。物が多かったり、狭かったりする家の中では、ちょっと動くとたもとや裾があちこちにひっかかってかなわない、ということもありそうです。

 和装業界が、そういう和服の欠点を克服しようと企業努力をしたことも、無いことはないようです。
 簡単に着付けられ、さほど高くもなく、身動きもしやすいように作られた和装も存在します。戦前の女学生がよく着ていた海老茶式部と呼ばれる服がそれで、イメージが湧かない若い人はテレビゲーム「サクラ大戦」のヒロインを想像して下さい。上下を分離することで着脱を簡単にし、着崩れしにくく、身動きもずいぶん楽になりました。このままで自転車にも乗れます。
 考えてみれば洋服だって、昔は着脱がなかなか大変でした。女性の洋服のボタンが左前になっているのは、実は召使いが正面からボタンをはめる時にそのほうがやりやすいからです。自分では着られないのが当然とされていたわけです。それが、だんだんと機能性を重視するようになって簡略化され、現在の形になったのでした。
 和服も、女学生の服がもっと定着し、一般の女性が日常的に着用することになっていれば、より簡便なものが出来上がって行ったに違いありません。ひとたびそういう流れが世の中に生まれれば、改良上手の日本人が放っておくわけはないのです。帯などもワンタッチでつけ外しが可能なものが主流になったことでしょう。
 しかし、残念ながら日本人の意識はそういう方向へは向かいませんでした。流れができる前に、洋装の簡単さが知れ渡ってしまったと言うべきでしょうか。和装業界は、簡便化による庶民化よりも、むしろ高級化へのシフトによって生き残る策を採ることになりました。着付けなども、かえって七面倒くさい決まりごとが増えたような気がします。
 それによって和服のステータスが上がったのは確かだと思います。それはそれで大事なことではあったでしょう。しかし、高価になることでだんだん庶民の手の届かないものとなり、和服離れに一層拍車が掛かってしまったのも事実でした。和装業界はタコツボに入り込んでしまって、あんまり将来展望の見えない業種となってしまったようです。日本固有の服飾文化がこんなことで消滅しつつあるのは、残念でなりません。

 男もののほうは、近年になって作務衣とか甚兵衛とかの、簡便きわまる和装が復権しつつあります。私も昨年はじめて甚兵衛を購入し着用してみたところ、たいへん楽で、すっかりファンになってしまいました。寒いあいだはさすがに二の足を踏みますが、逆に暑い季節の風通しの良いさっぱり感、これはもうTシャツなどの比ではありません。湿気の多い日本の夏の気候には、洋服というシロモノはそもそも向いていないのではないかという、以前から漠然と感じていたことがはっきり実感できました。同感の男性諸氏は少なくないと思います。
 民族衣装というものは、決してかりそめに生まれてきたわけではなく、その土地土地の気候風土に適った形で発展してきている筈です。簡単に捨ててしまうのは問題があります。
 和装業界は、今一度企業努力をして、女性が簡単に着脱できる新しいコンセプトの和装を開発すべきではないでしょうか。従来の、着付けの面倒くさい高級品は、それはそれとして上流文化として残して良いと思いますが、若い娘さんたちがちょっとしたオシャレ感覚で、あるいは普段着のつもりで着られるだけの簡便さと廉価さとデザインセンスを備えた和服の復活を望むものであります。

(2008.1.14.)

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