2001年7月21日(金・海の日)
新宿ミニオフ・レバノン料理「シンドバッド」
 7月21日(金・海の日)ミニオフを開こうと思っています。「ミニ」をつけるのは、私の定義では、食事だけのオフというつもりで、その他のレクリエイション(今までの例だと、船旅とか動物園とか♪)を含まないものをそう呼んでいます。人数は関係ありません。
 東京に短期赴任していたあっくんがそろそろ任期を終えて帰るということなので、その前にいちど企画しておきたいと思ったのでした。遠方からENAさんがわざわざ駆けつけてくれるというし、ミニオフといえどもなかなか大がかりです。
 主催オフではどうしても趣向に苦労します。趣向なんて考えてしまうから主催オフを開くのが面倒くさくなるということもあるのですが、せっかく開くのだからみんなの印象に残るものにしたいな、と思ってしまいます。
 ミニオフであれば、どんなお店にしようかと迷うわけですが、特にあっくんなどはもとが北海道人ですし、海鮮系は地元で食べた方がよほどおいしいに決まっています。また、札幌という街はリトル・トーキョーなどと呼ばれることもあるくらい、東京にあるものは大体なんでも揃っているところなので、ありきたりな洋食系などでも新味に乏しい。
 そうなると、エスニックということになります。これはさすがに東京並みの人口がないとなかなか採算が合いますまい。そんなわけであっくんを交えた前回のミニオフではネパール料理のお店に行きました。
 今回もいろいろ考えたのですが、レバノン料理という楽しげなのを見つけたので、それにしようかと思い、今日のランチタイムに下見に行って参りました。
 新宿アイランドタワーの地下にあるスパイスロードというコーナーの一角にあるお店で、このコーナー、6つほどのエスニック系飲食店がひとつにまとまったオープンな形をとっています。やや落ち着かないかな、とも思いましたが、まあオフ会でそんなに「落ち着く」必要もないか、と考え直しました。
 しかし行ってみると、アフリカ料理とかインドネシア料理なんてのもあって、そっちも面白そうだと心が揺らぎます。いずれ各店で一回ずつミニオフを持とうかしら。

 つらつら思うのですが、日本、なかんづく東京という土地は、本当に食べ物のヴァラエティがすごいと思います。こんなにいろんな国の食べ物が食べられる街は他にないのではないかしら。ニューヨークにはかなわないと言う人も居ますが、私は疑問に思っています。

 「昨夜は中華だったから、今夜はイタリアンにしようか」

などという会話を私たちは平気で交わしていますが、実はこれってすごいことです。なぜと言って、当の中国人はほとんど一生中華料理ばかり(まあ大多数の庶民は、日本人が考えるような中華料理ではなく、野菜を煮てご飯にぶっかけて食べる程度ですが)食べているわけだし、イタリア人だってたいていは一生イタリア料理ばかり食べているわけなのですから。毎日食べるものの流儀を変える人々なんか、世界中探してもそんなに多くはなさそうです。
 学校給食の業者も、家庭の主婦も、献立のヴァラエティには頭を痛めています。しかし、例えばドイツ人なんか、毎日毎食ジャガイモとソーセージとザワークラフトばかり、一生食べ続けていても、そんなに不満を持ちそうにもありません。ゲルマン人というのは基本的に「食」に対する執着がないのではないかと思われるほどです。

 「ソーセージのスパイスの配合なんか何千種類もあるんだよ。ドイツ人が『食』に執着がないとは言い切れないんじゃないか?」

という人も居ますが、それは単に、作り手によって配合が少しずつ違っているだけのことで、ドイツ人が日々それらの微妙な味わいの変化を楽しんでいるのだとはどうも思えません。
 英国人だって似たようなものです。アングロサクソンは解剖学的に言っても味蕾の数が少なく、味盲の率も高いそうで。英国料理と言えばマズいので有名ですが、それもむべなるかな。しかしディケンズアガサ・クリスティの小説を読むと、そのマズい英国料理がいかにもおいしそうに見えるのが不思議なもので、これは彼らの筆力というものなのでしょうね。
 ヨーロッパではやはりイタリア、フランス、スペインといったラテン系民族が、味に関しては一頭地を抜いているようです。

 しかし、こと味覚に関して言えば、アジア人の方が断然すぐれていると私は思っています。ラテン人が味にうるさいと言ってもそれは周りのヨーロッパ人と比較してのこと、豊かな食材に恵まれたアジアとは到底比較になりません。日中韓の3国を見ただけでも、微妙に乗り入れつつもおのおの独自性を屹立させ、ひとつひとつにヨーロッパ全体の食文化を凌駕するほどの拡がりと深みが感じられますし、これにまたまったく異なる食文化であるインドが加わり、さらにヴェトナム、タイ、カンボジア、インドネシア、マレーシアなどもそれぞれ大変独特なものを持っています。
 そして驚くべきことに、日本ではこれらすべての料理を居ながらにして食べることができるのですから、素晴らしいではありませんか。
 ニューヨークも確かにヴァラエティがあるかもしれません。しかし、決定的に違うところは、日本人には和食という、いつでも戻ってゆける独自で豊穣な味覚体系が底流にいつも根を張っているのに対し、アメリカ人にはそれがない……せいぜいハンバーガー程度しかないという点です。
 日本人のアイデンティティの弱さというようなことがよく日本人論のたぐいに書かれていますが、味覚を中心にして考えれば、ご飯と味噌汁を忘れない限り日本人のアイデンティティは決して崩れない、とさえ思えて来るのです。

 ニューヨークの食が多様であるとすれば、それは世界中から人が集まってきているがゆえに、みんなが自国の料理を持ち寄ったという事情によるものでしょう。ヴェトナム料理の店があったとしても、そのお客はヴェトナム系人が大半なのではありますまいか。もちろん、営業を続けているうちに、他の人々も入ってくるようにはなるでしょうが。
 しかし、日本のエスニック料理店は違います。最初から日本人客をあてにしているのです。滞日中の本国人だけを相手にして商売が成立するほどの需要は、おそらくないでしょう。
 食文化というのはどこの国でも案外頑固なもので、なかなか他国のものを受け容れようとはしないものです。その点、日本人の受容力は並外れています。その上和食というすぐれた独自の根も持っているのですから、食に関しては世界最強なのではないかと思います。ちなみに和食の発信力も相当なもので、スシ、ラーメン、テンプラはもはや世界語になっていますし、フランス料理のヌーベル・キュイジーヌ懐石料理の換骨奪胎であることはよく知られています。
 「美味しんぼ」が60巻も70巻もネタが尽きずに続いているのも、日本の食文化の拡がりを象徴しているようなものです。きっとドイツだったら3巻も出せばネタ切れになるでしょう。食文化の幅が大きく、しかもそれが一部の特権階級や資産家だけのことでなく、庶民レベルまで浸透していればこそ、料理マンガの隆盛もあるというものです。
 日本の食文化に栄光あれ!

 というわけで7月21日です。ミニオフと称するわりに、なんと参加者は私を含めて10人の多きに達し、うちの主催オフとしては過去最多となりました。前にも書いた通り、私の主催オフでは、食事だけのオフ会を「ミニオフ」と定義しており、人数での分類ではありません。
 午後に合唱伴奏の仕事があって、それを済ませてから、待ち合わせ場所の新宿西口地下交番・オウム真理教特別手配写真前へ。とてもわかりやすい場所だと自負していたのですが、あっくんはなぜか地上へ行ってしまったそうで。

 「ちゃんと地下だってメールに書いたっしょ〜〜」
「ここが地下だとは思ってなかったんですよ〜〜」

確かに西口地下は吹き抜けになっていて、空が見えますから、地下という感じがしないというのはわかるのですが……

「だからって上に行くかなあ、普通(^_^;;」

 話が前後しますが、私が待ち合わせ時刻の10分ほど前に着くと、すでにphaos先生、だーこちゃん、しらべぇさん、こーきさんが顔を揃えていました。phaos先生だけ面識がなかったのですが、一応phaos先生のHPでお姿は確認してありましたので、すぐ認識できました。
 湯長氏とあっくんもまもなく到着。さらにProたませんせも到着しましたが、一週間ほど前に

「友達を連れて行く」

と連絡がありました。どういうお友達なのか明かそうとしなかったので、いたく好奇心を刺戟されておりましたが、なんと連狂歌師のひとりで、最近掲示板にも書き込んで下さるようになっていたほたるさんだったのでした。もともとお知り合いだったそうで。それにしてもほたるさんはかなり遠方に在住ですから、よく駆けつけてくださったものだと思います。
 ENAさんがちょっと遅れましたが、ほたるさんよりもっと遠い愛知県から駆けつけてくださったのですから、まあやむを得ざることでしょう。

 かくて総勢10人で、アイランドタワー地下のエスニック料理コーナー「スパイスロード」に移動します。予約時間ほぼぴったりで、これはENAさんのタイミングのおかげかも。
 スパイスロードは6つの店舗の集合スペースで、アフリカ料理、インドネシア料理など食指の動くお店も入っていますが、とりあえず本日はレバノン料理のお店「シンドバッド」
 予約してあったせいか、アラブ人のシェフが出てきて、

「ここは初めて?」

と訊きます。私は一度下見に来ていますが、まあみんなは初めてですので、そうだと答えると、

「それなら」

とメニューにあったコースを指し、

「こんなのじゃなくて、ひと通りいろんなのを出すようにするけど、どうか?」

つまりお任せでいろいろ出してくれるというので、即座にそれを頼みました。予算を言ってお任せにした方が満足できそうです。

 phaos先生だけは全員初対面でしたが、あとは少しずつ面識がある組み合わせです。ほたるさんにしてもProたませんせとは何度も会ったことがあるわけで。あと例えばENAさんは札幌で湯長氏と、名古屋でこーきさん・だーこちゃんとそれぞれ別々の機会に会っています。しらべぇさんも以前こーきさんと私と3人で会ったことがあります。あっくんProたませんせ・だーこちゃんも一昨年のミニオフで会っているし、そんなわけで皆さんわりと最初から打ち解けていた様子だったのは、ホストとしてはとても楽でありがたい話でした。
 だーこちゃんが早々と席を立って、帰ると言い出したのが残念。今回の会費を払う持ち合わせがなかったので、お金をおろしに行ったら銀行が閉まっていておろせなかったのだとか、体調が悪くなってしまったのだとか、なんだかよくわからないのですが何やらあまり面白くなさそうな様子ではあり、どうしたのだろうかと心配です。とにかく挨拶もそこそこに消えて行ってしまいました。だーこちゃんは前の恵比寿でのミニオフの時も、仕事が忙しくて一瞬だけの参加でしたし、どうも私の主催オフにはあまり落ち着いて参加できない宿命であるようで(^_^;;

 何をしゃべったかということもなく、2時間あまりがあっという間に過ぎました。お任せで運んで貰った料理もかなりボリュームがあって、すっかり満腹。あっくんしらべぇこーきの若手三人組にも充分だったようで何より。
 次はアフリカ料理、インドネシア料理も試してみたいと思います。
 新宿駅までたらたらと歩き、駅前で湯長氏とこーきさんが別れました。二次会へ行くつもりだったのですが、こーきさんは何しろ苦学生のため余裕がなかったか(^_^;; 湯長氏は数日前にサバにあたって猛烈な腹痛を経験したばかりとのことで、まあやむを得ますまい。

 残り7人で、ガード横のカラオケルームに行きました。思えば昔このカラオケルームの一室で、AKO姉様と共に「想い出が ふわり」のデモテープを作ったのだっけ。みんなを東道したのは、若干そのノスタルジアみたいなものもあったのでした。
 さて、いきなりマイクを握りはじめたのはProたませんせで、他の人たちは最初のうち遠慮してばかりいましたが、そのうち歌い始めたのを聴けば、なに、みんなとても上手です。
 それはいいのですが、マイクが一巡する頃から、なんだかアニメソングばかりになってきました。
 はっきり言うと、その頃からみんな水を得た魚のようになったのでした。
 こんなにみんなアニメソングで燃えるとは。
 いや、実を言えば私がいちばん燃えていたようなところがあるのですが、それにしてもみんな好きだなあ。なんのサイトのオフ会だかわからないようなノリではあります。と言うか私のサイトのオフ会に集まる人々とあってはこうなるのも必然なのだろうか(^_^;;;;;;;

 2時間の制限時間中、ほぼ1時間半近くをアニメソングで費やして、解散いたしました。
 Proたませんせはなんとこれからほたるさんをクルマで送るのだとか。東京都から考えると隣の、そのまた隣の県であり、しかもそれからせんせの帰る家は東京都を通り過ぎて千葉県です。着くのは2時過ぎ、帰宅は5時過ぎになるでしょう。くれぐれも事故を起こさぬように……
 ENAさんは宿をとってありましたのでそちらへ。あとは電車で帰ることになります。
 とても楽しい時を過ごすことができました。主催オフというやつ、なかなか人数が読めなかったり、ドタキャンを心配したり、いろいろ趣向を考えたりと、実行までは気苦労がありますが、やはりやってみると楽しいものだと思います。アフリカ料理とインドネシア料理も食べに行かなければならないし、近いうちにまた企画しようかと考えています。

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