14.「リゾート21」に乗って

 
 先日所用で伊豆に行った時、伊豆急行自慢の「リゾート21」にはじめて乗った。
 伊豆急行は伊東から伊豆急下田まで、伊豆半島の東海岸に沿って敷かれている民鉄である。東京からほど近い大観光地の伊豆にあることから、ずっと以前からJR(当時国鉄)との直通運転が行われていた。そのせいか、伊豆急はかつて、民鉄で唯一、自前のグリーン車を持つ鉄道としても知られていた。現在でこそ、特別料金を取る個室などの設備のついた特急がいろんな民鉄に登場しているが、しばらく前までは伊豆急のグリーン車はかなり異彩を放っていたのである。
 全国どこでも、モータリゼイションが進んで、鉄道の存在が脅かされている。伊豆にしても、東名高速・小田原厚木道路・伊豆スカイラインを結べば東京からクルマですぐ到達できる。利用者側から見た鉄道の強みは、渋滞がないことの一点に絞られつつあるのが現状だ。
 そこで各鉄道会社は巻き返しに必死である。巻き返し方法としては、豪華な車輛を投入して、列車に乗ること自体を楽しませようという傾向が多くなってきたようだ。小田急が箱根への特急ロマンスカーに、矢継ぎ早に新型車輛を登場させているのもそのためである。東武近鉄など、大きな観光地を控えている鉄道会社はいずれもそうした努力を続けている。
 新車投入にはお金がかかる。大手民鉄ならまだ資本力があるからいいものの、地方の中小の鉄道ではなかなか思うに任せない。
 そんな中で、伊豆急の「リゾート21」の投入は英断だったといわざるを得ない。昔からグリーン車を持ったりして、「車輛によるサービス」を意識してきた伊豆急ならではである。

 伊豆急の路線は海岸沿いを走るので、東側は海、西側は山、という景色が続く。
 由来、鉄道の車輛は左右対称が基本で、左に2席、右に2席というのが標準である。新幹線ではこれが2+3という非対称になり、最近は1+2というのも増えてきたが、まだ全体としては例外に過ぎない。
 ところが、「リゾート21」は、思い切って対称を棄てた。
 山側の座席は、1人掛けのクロスシートである。ふたりが対面して坐るような形になる。
 海側の座席は、なんと、窓に向かって5人掛けのソファタイプのものが設置されている。まさに、展望をお好きなだけ楽しんで下さい、と言いたげな造りだ。このソファは、間の肘掛けを跳ね上げることができるので、すいている時には全部上げてしまって、独占することも可能だ。体面さえ気にしなければ、そこで横になって昼寝することだってできる。
 話は聞いていたが、実際乗ってみると、まったく素晴らしい設計だと思った。
 何より素晴らしいのは、これがグリーン車などではなく、普通車、それも普通列車として走っていることだ。特急料金もグリーン料金も払わず、運賃だけで乗ることができるのである。
 なお、かつてのグリーン車に相当する、「ロイヤルボックス」という車輛も併結されていて、こちらは特別料金を払わなければ乗れないが、見た感じでは平凡な1+2タイプのクロスシートで、普通車の方がレイアウトがすぐれているように思われた。
 現在、伊豆急にはJRの特急「踊り子」が乗り入れている。「踊り子」に乗るためには、伊豆急内でも特急料金を払わなければならない。しかし、この区間の「踊り子」は遅くて、普通列車を途中で追い抜くということもない。しかも、豪華車輛の「スーパービュー踊り子」ならまだましだが、185系という、中京や関西に持って行ったらせいぜい新快速並みのグレードでしかない普通の「踊り子」に乗るくらいであったら、「リゾート21」の方がよほど気分がいい。

 ソファが備え付けられたような車輛は、JRにもある。ロビーカーとかサロンカーとか呼ばれているのがそれだ。だが、その大部分は寝台特急などに連結されている。この種の車輛に乗るためには、高い特急料金と寝台料金を払わなければならないという理不尽なことになっているのだ。
 眺望を楽しむという観点から言えば、寝台特急などに連結するのはもったいない。やはり昼間の列車に連結すべきだ。だが、JRなら確実に、グリーン車扱いにするだろう。普通列車の普通車に使うなどという勇気はないに違いない。
 まさか通勤列車に使うわけにはゆかないが、観光用列車であれば、もっとこの種の車輛を気軽に使えるようにすべきである。
 例えば、お座敷列車というのがある。中には畳が敷かれて、くつろげるようになっている。
 現在、お座敷列車に乗ろうと思えば、団体旅行に参加するしかない。団体客が宴会でもする場としか考えられていないのである。
 しかし考えてみれば、お座敷列車は、混んでいれば詰め合うこともできるし、すいていればひとりで何畳も独占することもできるし、非常にフレキシブルな運用のできる車輛だ。団体などより、個人もしくは家族連れに最適な構造なのである。プライバシー保護は、衝立などを使えば問題はない。
 家族で旅行しようとすると、どうしても鉄道は割高になり、経済性を考えるとクルマということになってしまう。おかげでお父さんは運転ですっかり疲れ果て、なんのための休暇だったかわからないことになる。ここで、特急料金もグリーン料金もいらないお座敷列車のようなものがあちこちに運転されていればどうだろうか。クルマに逃げていった客を、だいぶ呼び戻すことができるのではないか。混むだろうというのなら、繁忙期には「ホームライナー」などでやっている着席券の販売を行えばよい。
 残念ながらJR各社には、まだまだ薄利多売の思想がない。特に前に書いたようにJR東日本は、国鉄時代の発想をほとんどそのまま引きずっている体質があり、お役所的である。お役所的というのは、まずもって料金の決め方を、コストを基準にして考えるという発想である。コストがかかったから高くするというわけで、そこを安くすればたくさん売れるからコストはすぐ回収できるという考え方にならない。
 廉価で乗れて、便利で、気の利いた観光用列車を、JRもどんどん投入すべきなのだ。前々回に書いた、行楽列車になんの変哲もないただのディーゼルカーを使うような真似はやめて貰いたいものである。

 「リゾート21」を伊豆急線内だけで使っているのももったいない気がする。JR伊東線に乗り入れて熱海までは行っているが、いっそ横浜なり東京なりまで乗り入れてはどうだろう。やはり直通運転をしている小田急とJRでは、特急「あさぎり」を、両社の車輛で交互に運行している。同じように、「リゾート21」を東海道線の快速「アクティー」の一員とし、交互に走らせてみればいいのではないだろうか。通勤時間帯は無理だろうが、日中だけでも。もともと「アクティー」の1時間ヘッド運転というのは、大都市近郊の幹線の快速電車としては少なすぎるのだ。「リゾート21」を乗り入れさせて、30分間隔の快速運転とする。
 もっともそんなことをすると、「踊り子」に乗る人がいなくなって、JR東日本が困るかな。 

(1998.4.24..)

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