新幹線の500系「のぞみ」は現在(平成13年)最高時速300キロで運行している。
私の子供の頃歌われていた「走れ超特急」という歌では、
♪じそーくにひゃーくごじーっきろ〜〜♪
という歌詞が歌われていたから、この三十数年で50キロ速くなったわけである。
もっとも、東海道新幹線はそれほどの高速を出せる造りにはなっていない。一番の問題点はカーブで、速度が速くなればなるほど曲がりづらくなるのは自転車をこいでいてもわかることであろう。
カーブの曲がり具合を示す数値は曲率と言うが、工学的には普通曲率半径というもので表現する。カーブを円弧の一部だと見なした場合、その円の半径にあたるのが曲率半径だ。
東海道新幹線には曲率半径2000メートルという部分がいくつもある。つまり、半径2キロの円に相当する曲がり方であって、ここを時速300キロという高速で通過すればたちまち脱線してしまう。
あとから作られた山陽新幹線、東北新幹線などは高速運転を見込んで、カーブを緩くしてあるわけだが、東京と大阪を結ぶ、いちばん輸送需要の高い東海道新幹線であまり高速が出せないというのはやや困った話である。
いま考えると信じがたい話だが、東海道新幹線の建設中は、不要論がずいぶん声高に叫ばれていた。税金の無駄遣いであり、万里の長城やピラミッドと並ぶ「世界三馬鹿」とまで言われたものだ。当時、欧米ではすでにモータリゼーションが進行し、鉄道はもはや時代遅れの交通機関だと見られていた。そんな時期に、長々と巨費を投じて新型鉄道など作っても、誰も利用すまいという観測が有力だった。
だが、完成してみれば、それらの論は吹き飛んでしまった。東京・大阪間を往復する人の数は誘発効果で激増し、新幹線はたちまち増発に次ぐ増発を繰り返すことになった。速度の面で絶対に勝ち目がないはずの飛行機すら、東京・大阪間に関して言えば新幹線にすっかりお株を奪われてしまった。
新幹線の成功は、すでに鉄道輸送を捨てかけていたヨーロッパ各国を刮目させる結果となった。さすがに広大なアメリカでは鉄道斜陽化にブレーキがかかることにはならなかったものの、国土のサイズが日本とさして変わらない(むしろ狭い方がずっと多い)ヨーロッパでは、あらためて鉄道の威力が見直され、フランスやイタリアを筆頭に、高速列車計画が次々と起ち上げられたのである。TGVやインターシティ、ユーロスターといったヨーロッパ版高速特急は、どれも新幹線の成功がなければ生まれなかったものなのだ。
現在では、新幹線並みの高速列車で4時間以内で到達できる区間であれば、飛行機に充分太刀打ちできるとされている。飛行機の実際の搭乗時間はもちろんはるかに短いものの、空港への/からのアクセス、チェックインなどの手間を考えると、それほど変わらない時間になるのである。東京−仙台、東京−新潟などは新幹線ができると飛行機を使う人などほとんどいなくなり、ついに路線そのものがなくなってしまった。
さて、東京・大阪間の輸送需要は増加する一方で、新幹線の増発は限界に近づいてきた。現在、標準ダイヤでは一時間に「のぞみ」1本、「ひかり」5本、「こだま」2本が走り、場合によって「のぞみ」「ひかり」が各もう1本ずつまで追加される。平均して7分半に一本ということになるが、各列車の速度がまちまちなので、区間によっては3分ほどの間隔で走っていたりする。
これ以上ダイヤを詰めると、安全上問題が生じるだろう。ダイヤを詰める方法としてはふたつ考えられる。ひとつは、各列車の速度を揃える(並行ダイヤ)ということで、通勤路線では普通に導入されているが、「のぞみ」と「こだま」の速度を揃えるのは無理がある。
もうひとつは、列車全体のスピードを上げることだ。速く走ればダイヤの稠密さを上げることが可能になる。だが上述の通り、東海道新幹線はもうこれ以上スピードアップできない工学的構造になっている。
つまり、東海道新幹線の輸送力はもうほとんど上げる余地がないわけである。
こうなると、「第二東海道新幹線」という発想が自然と浮かび上がってくる。
しかし、日本技術陣のあくなき技術屋魂は、今までと同じ形の新幹線を並行してもう一本作るなどという陳腐な策を潔しとしなかった。
鉄のレールと鉄の車輪による従来型鉄道では、時速350キロくらいが限界であろうと考えられている。
どうせなら、時速500キロ以上のもの。東京と大阪を一時間程度で結んでしまう新世代の交通機関を作らなければ意味がない。
そう考えた技術陣が打ち出したのが、磁気浮上式リニアモーターカーである。
リニアモーターカーについては一時期ずいぶん騒がれたので、ご存じの人も多かろう。ただ、一口にリニアモーターカーと言ってもいろんな種類がある。東京の都営地下鉄大江戸線、大阪の市営地下鉄長堀鶴見緑地線などもリニアモーターカーを使っている。これらは地下鉄のトンネル口径を小さくするためにリニアモーターが導入されたのであって、別に高速で走っているわけではない。
次世代高速交通機関として考えられているものは、磁気により車体を浮上させ、かつ推進力とするもので、車体側には超伝導による強力な磁石が積み込まれている。その磁石が、ガイドウェイの底面および側面に設置された電磁石と反撥して、浮き上がり、そして前へ進むことになる。
車体はガイドウェイのどこにも触れていないので、摩擦がゼロになり、従って高速を出すことができる。地上すれすれを飛ぶ飛行機みたいなものだ。
この磁気浮上式にもいくつかタイプがあるが、日本で実用化をめざしているのはマグレブ式というタイプのものである。
すでに宮崎の実験線で繰り返し実験走行がおこなわれ、さらに山梨県に新設された実験線で実用化に向けた試験が重ねられている。乗客を乗せた状態での時速550キロ走行も成功している。
技術的には、ほぼ完成の域に近づいてきたと言えよう。
夢の超高速交通機関が、間もなく誕生しようとしているのである。
だが……
いざ実用化を考えた場合、いろいろ問題が山積していることに気づかざるを得ない。
はたして、新幹線を作った時に得られたような絶大な効果が、うまく発生してくれるものだろうか?
私には、どうも疑わしく感じられる。
リニア新幹線のルートとしては、中央線廻りが有力候補とされている。山梨県内の実験線も有効活用できるし、東海道ルートよりも若干短距離にすることができる。
東京・大阪間の直線距離は450キロほど。まったく直線というわけにはゆくまいが、500キロくらいで結ぶことはできるだろう。リニアモーターカーといえども常時500キロ以上出しているわけでもないので、一時間はちょっと無理そうだが、一時間半くらいで両都市を結ぶことは理屈の上では可能である。
しかし、それはほとんどノンストップでという条件がつく。停車駅があればその分時間がかかる。停車時間だけではなく、これだけの速度になると減速時のロスタイムもかなり響くことになる。
リニアが通過することになるはずの山梨県や長野県などが、駅も作らずただ通過するだけになることに納得するだろうか? それで用地買収などに易々と応じるとはとても思えない。山梨県は今のところ、新甲府駅だけでよいと言っているようだが、いざ建設が始まればそれでは済まなくなるのは眼に見えているように私には思える。
おそらく相当数の駅を作るはめになるのではないか。そうすると、結局各駅停車タイプの列車と速達タイプの列車をそれぞれに作らなければならなくなるだろう。あるいは現在の「あさま」のように列車ごとに停車駅を振り分けるか。
各駅停車であれば現在の「こだま」と同様、ちょくちょく速達タイプの列車を待避する必要が出てくる。そんなことをしていたら、現在の新幹線とさして違わない所要時間ということにもなりかねない。
それから、気にかかるのが、ターミナルはどこに作るのかということだ。
リニアは従来型の鉄道とまったくシステムが異なる。従って、今までの鉄道資産を活用することが全然できないことになる。東京や大阪の都心部に、新たにリニアのガイドウェイを敷設する余裕があるのか。
おそらく、大深度地下でも使わなければ不可能だろう。今の新幹線上野駅などよりさらにさらに深いプラットフォームを作らなければならない。客もかなり利用しずらい。
東京の西郊はかなり先まで住宅が密集しており、相当長い地下線が必要となる。中央線沿いだとしたら、少なくとも三鷹を過ぎるあたりまでは、とても地上にお出ましいただくわけにはゆくまい。
仮に地上に出たとしても、さらにしばらくは500キロなどでは走れない。従来型鉄道に較べれば、確かに接地面がない分、騒音は少なくなるのだが、500キロという速度になると、風切り音が半端でないボリュームになってしまう。多分八王子あたりまでは200キロ以下のスピードしか出せないのではないか。
ターミナル自体をそれこそ八王子あたりに持ってくるという案もある。だが、在来線から乗り入れるのが不可能である以上、そんなことをすれば空港に行くのと手間が変わらなくなってしまう。新幹線が4時間程度の区間で飛行機と対抗できるのは、何よりアクセスの手間がないというメリットによるのだから、これではそのメリットをみすみす殺してしまうことになる。羽田から飛行機に乗った方がましかもしれない。
また試験車輌で見る限り、新幹線に較べるとだいぶ車体が小さく、定員も少なくなりそうである。こんなものでいったい、どの程度輸送力不足を解消できるのだろうかと不安になる。
それに強力な磁界の中を走行することになるわけだが、人体への影響はともかくとしても、電子機器への影響は無視できないのではあるまいか。車中でノートパソコンも携帯電話も使えないとしたら、ビジネス客にとってはかなりのデメリットと言わざるを得ない。
まあこの点については私もあまり詳しいことは知らないので、突っ込まないでおくが……
あちこちに「新交通システム」による列車が走っているが、どれも利用しやすいものとは言いがたい。ほとんどの場所で、従来の鉄道からの乗り換えが非常に面倒くさいのである。大きな駅に接続できず、なんでこんな不便な駅にと思われるところから伸びているのも多い。もちろん大きな駅の周辺に新たにガイドウェイを建設する余裕がなかったからであろう。
リニア新幹線は、どうもこれに似ているような気がするのだ。
リニアが真価を発揮できるとすれば、それはやはり「路線網」を形成した時だろうと思う。いろんな方面からいろんな方面へ──例えば仙台から東京を経ずに大阪へ──乗り入れられるようになれば、これはこれで使い勝手がよくなるだろう。東京・大阪間の一本だけ作ってもほとんど意味がないのではあるまいか。
だが、整備新幹線さえ埒があかないでいる現状で、新たにリニア路線網を敷設するほどの必要性が本当にあるだろうか。採算はとれるのか。運賃は途方もなく高いものになりはしないか。
超伝導磁石のコストだってかなりかかりそうだ。常時零下二百何十度という極低温を保つための経費は相当なものになるのではないのか。
現状では、リニアは技術屋さんたちの玩具で終わりそうな予感がしてならない。超音速旅客機がちょうどそんな結末だった。コンコルドが作られたものの、ついに後継機の開発は破棄されてしまった。人々は旅客機をそんなに速く飛ばす必要を認めなかったのだ。
日本国民は、本当にリニアの建設を望んでいると言えるだろうか?
──そんな議論は、東海道新幹線建設の時にも交わされたことだ。実際できてみれば、みんな手の平を返したように、喜んで利用するようになるはずだ。
そういう意見もあろう。
だが、国民のコスト意識は高くなっている。新幹線の何倍もの建設費が必要になるであろうリニア。それだけの費用を使って元が取れるだけの効果があるかどうか、厳しい眼で見ることになるのは間違いない。
(2001.7.17.)
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