2015年3月で、いよいよ寝台特急「北斗星」が廃止になります。2016年春、青函トンネルに新幹線が通るのを待たずしての廃止です。2往復あった「北斗星」が1往復に減らされた時、新幹線を通すにあたっての工事のためであって、工事が完了すればまた2往復に戻るのではないかという希望的観測も流れましたが、そんなことはありませんでした。JR北海道もJR東日本も、最初から廃止するつもりであったのでしょう。 これにより、いわゆる「ブルートレイン」は全滅することになります。最近ではブルートレインという言いかたもあまりおこなわれていなかったかもしれませんが、私などの少年時代には、特に鉄道ファンでなくとも普通にブルートレイン、ブルトレという言葉を使っていました。青色の客車が寝台列車に使われることが多かったためにそう呼ばれ、ほとんど寝台列車の代名詞のようでもありました。 当時、583系電車というのが増殖していました。これは増え続けていた輸送需要に対応するため、昼行用と夜行用を兼用できるように造られた特急型車輌です。昼は4人掛けボックスシートとして、夜は寝台をセットして走れるようになっていたのでした。これにより、例えば大阪〜博多であるとか、上野〜青森であるとかの区間を、昼間に「かもめ」やら「はつかり」やらの特急として走り、その帰りは「月光」やら「ゆうづる」やらの寝台特急として戻るというような運用がおこなわれたわけです。 しかしこれは、鉄道ファンのあいだではあまり評判が良くありませんでした。座席車と寝台車を兼用させるために、どうしても設計に無理が生じていて、乗り心地が中途半端であったのです。電車であるために床下のモーター音がうるさくて眠りづらい(実際にはそれほどうるさくもありませんでしたが)という欠点もあり、寝台列車の主役は、やはり機関車に牽引される青色客車、すなわちブルートレインであるという認識が一般的でした。
そのブルートレインがついに無くなるというのは、時代の趨勢とはいえ、感慨深いものがあります。
もっとも、私自身はそれほどブルートレインにたくさん乗ったとは言えません。小学生の時に、札幌の母の実家に行くために何度か「ゆうづる」に乗りましたが、その頃の「ゆうづる」はブルートレインと上記の583系が混在していて、どちらに乗ったのかはっきり記憶がありません。
中学に上がる前の春休みに、従弟たちと一緒に「出雲」に乗って鳥取まで行ったことがあります。これは間違いなくブルートレインです。それから、中学3年の時の修学旅行で東北に行った時も、確かに帰路、青森からブルートレインの「ゆうづる」に乗りました。東北新幹線が開通する数年前のことです。
その頃から自分自身の旅行をするようになりましたが、貧乏旅行専門だったので、滅多に寝台列車には乗りませんでした。夜行を使うことはありましたが、たいてい座席車です。座席車でも、客車の場合は青色に塗られていることが多く、ブルートレインと言っても構わないはずなのですが、やはりこの言葉は寝台列車を指すのが普通であったようです。
高校2年の時に、当時かろうじて残っていた「寝台鈍行」のひとつ「はやたま」の寝台車に乗ってみたことがあります。客車であり寝台車であり、青色でもありましたが、これもブルートレインと呼ぶ人はあまり居なかった気がします。
大学を出る頃から、遠方へ出かけた時には片道(たいてい帰り)だけ寝台列車に乗るということが多くなりました。「ちょこっとゼイタク」を愉しみたかったのです。「瀬戸」「はやぶさ」「あさかぜ」「あけぼの」などを利用しました。親戚が多い札幌へ行くことはよくあり、「北斗星」を使う回数はかなり多かったと思います。特急ではありませんが同じ客車を使っている「銀河」にも何度か乗りました。
「銀河」の廃止が、JR東海に機関士が居なくなってしまったからと噂されるとおり、機関車牽引の客車列車というのは、もう消え去る趨勢なのでしょう。
ブルートレインではありませんが、「トワイライトエクスプレス」も来年春で廃止されるそうです。これは車輌の老朽化が理由とされています。客車列車を新造する気は、JR各社にはまったく無いのだと思われます。
青函トンネルを通過する夜行列車は、あと「はまなす」と「カシオペア」があります。このふたつは、いまのところ廃止の発表はありませんが、「はまなす」は運休する日が多くなっており、「カシオペア」も怪しいものです。廃止を見据えていると勘繰られても仕方のない状況です。
ひとつには、青函トンネル内の電圧の問題があります。新幹線を通すために、電圧が2万ボルトから2万5千ボルトに昇圧されるので、従来の電気機関車では対応できないとされています。このところのJRのやりかたを見ていると、「はまなす」や「カシオペア」のために2万5千ボルト対応の機関車をあらたに投入する気があるとはどうも思えません。やはり、遅くとも新幹線開通と同時には廃止されるのではないかと思われてしまうのです。
「カシオペア」はプラチナチケットとも言うべき人気列車であり、私は何度か寝台券を入手しようとして、まだいちどもゲットできたことがありません。こんな列車をも廃止しようとしているのだろうかと首を傾げてしまうのですが、それを言えば「トワイライトエクスプレス」だって同様だったわけで、「夜行列車を切りたい」というJRの意向には逆らえないでしょう。
夜行列車については何度か書いてきましたが、需要が無いわけでは決してありません。
「夜行なんか乗るより、前の晩に着いてホテルに泊まったほうが楽だよ」
と言う人は少なくありませんが、前の晩にあまり早く出かけられない人だって居り、といって早朝に起き出して出かけるのもしんどく、夜行に乗って朝早く目的地に着きたいという旅行者は必ず一定数居るはずです。それだから夜行バスはいまだに繁盛しています。閑古鳥が啼いているような路線も無いとは言いませんが、それは調子に乗って路線を増やしすぎたからであり、東京〜大阪など幹線について言えば利用者はたくさん居ます。
寝るだけである夜間時間帯を移動に充てるというのは合理的です。いくら新幹線が速く走っても、活動時間帯を何時間か食われることは避けられません。
にもかかわらず、夜行列車が不人気であったのは、ひとえに値段が高すぎたからとしか考えられません。
寝台料金というのは、当初から、「平均的なビジネスホテルの宿泊料金」と同じくらいの水準で決められていました。ある時期まではそのとおりでした。しかし、ビジネスホテルのほうに価格破壊が起きて、3000〜4000円台程度の宿が普通になっても、寝台料金が値下げされることはありませんでした。
おまけに寝台列車に乗るには、必ず特急・急行料金を払わなければなりませんでした。鈍行の寝台は、私が子供の頃には上に書いた「はやたま」の他、「山陰」「ながさき」「からまつ」がありましたが、いずれも間もなく廃止されました。従って寝台列車に乗るにあたっては、運賃の他に1万円近い料金を払わなければならないのが当然という状態でした。これでは見放されるのも仕方がありません。
「サンライズ」のノビノビ座席、廃止された「あけぼの」のゴロンとシートなど、特急料金だけで寝ころべるスペースは人気があり、他の寝台がガラガラであっても満員近かったりします。やはり安くさえあれば利用者は居るのです。
個室になっていない、いわゆる開放寝台は、全部ゴロンとシート化してしまえ、と私は前から主張していました。ゴロンとシートは、要するに寝具を備えていない開放寝台です。枕、シーツ、毛布、浴衣などが無くて、文字どおりゴロンと寝ころぶだけのスペースでしたが、車内の冷暖房がきちんとコントロールされていれば、別に不足はありませんでした。どうしても寝具が欲しいという客にだけ有料で貸し出せば、それで良かったと思うのです。寝台車は、基本的にすべての寝台に寝具がセットされていて、利用が無くともそれらは毎日洗濯しなくてはなりません。1輌に乗客が数人、などという状態では、クリーニング代だけで赤字になってしまうことでしょう。寝具は基本的に無し、必要な場合のみ実費で貸し出す、という形にしておけば、少なくとも損になることはなかったはずです。
本当は、「特急」であることをやめておくべきだったとも思います。寝台列車は「特急・急行・普通」という種別とは別枠で考えたほうが良かったでしょう。国鉄からJRに移管される時にそういう発想の転換をしておきたかったし、さらに言えば別会社にするのもひとつの手であったかもしれません。夜行列車専門の、例えばJRナイトトレインといったような企業体を起ち上げ、JR貨物同様第二種鉄道業者(自前の線路を持たず、他社の線路を借りて列車を走らせる鉄道)として運営していればどうだったでしょう。夜行高速バスや航空機を意識した、使いやすい夜行列車をいろいろ開発してくれたのではないでしょうか。
しかし、JRがおこなったのは、夜行列車を次々と廃止することだけでした。「あさかぜ」「富士」「みずほ」「はやぶさ」などの九州特急が無くなる時は「まさか」と思いましたが、「銀河」が無くなり「日本海」が無くなり「あけぼの」も無くなり、最後の砦と思われた北海道特急も風前の灯火です。
寝台でない、座席の夜行列車ももうほとんどありません。JR九州の「ソニック」や「つばめ(在来線時代)」にはかつて夜行便がありましたが、いまはもう無くなりました。「ちくま」「能登」も廃止、「きたぐに」も季節運転となり、「ムーンライト」シリーズも姿を消しました。JRグループは、夜行列車全廃に向けて、着々と歩を進めてきたと言えます。
「サンライズ(出雲・瀬戸)」はまだ当分残ると思いますが、これとて車輌が老朽化したら新車を入れる気があるかどうか。「サンライズ」が登場した時は、電車であることと言い、個室主体であることと言い、これこそ次世代の寝台車だと思い、同型のものが各地に続々投入されるのだろうと考えたものです。機関車牽引のブルートレインがいずれ終末の時を迎えるだろうということは予想されていましたが、その時は「サンライズ」タイプに置き換えられるに違いないと私は思っていました。
しかしそれも夢に終わったようです。「サンライズ」は一向に増備される気配がありません。「銀河」の置き換え用になど最適であったろうと思うのに、検討もされなかったようです。
たぶん、そう遠くない将来、「サンライズ」の隠退をもって、日本から寝台列車そして夜行列車が消滅するのではないかと、現在の私は哀しみを込めて予想しています。
それで本当に良いのでしょうか。日本の鉄道は、もはや新幹線と通勤通学電車があれば事足りるのでしょうか。あとはクルマと飛行機さえあれば良いと言いきれるのでしょうか。
そんなことはないと思います。豊かさとは選択肢の多様さであって、いろいろ選べるのが楽しい社会というものです。新幹線を使わずにのんびり旅したい人、寝る時間を移動に充てたい人、移動手段として以上に乗ること自体を愉しみたい人、そういう人々のニーズにも応えてこその、豊穣な交通社会でしょう。国鉄=JRは一時期、そういう考えかたに目覚めたかに思われましたが、いつの頃からか再び効率一辺倒に戻ってしまったようです。
「北斗星」の廃止を見直すことはもう無理でしょうが、「サンライズ」が隠退する前までには、なんとかまた考えかたを変えて貰いたいものだと切望して止みません。
(2014.12.26.)
【後記】その後、「カシオペア」と「はまなす」も廃止されました。定期の夜行列車は「サンライズ」だけとなりました。季節列車としてはいくつか運転されることもありますが、寂しい限りです。 |