北の鉄路が消える日

 先日、JR北海道留萌本線の末端、留萌増毛間が廃止となりました。
 留萌は北海道の日本海側では石狩・小樽・稚内に次ぐ規模の街だけあって、同じ留萌本線でも深川〜留萌間は助かりました。しかしそこから先は輸送量も少なく、維持できなくなってしまったようです。
 かつて、留萌本線には羽幌線という長い支線があり、留萌と、宗谷本線の幌延を結んでいました。ずっと日本海沿いをゆく、北海道では稀少な路線で、車窓から天売島焼尻島を望むこともできて景色もなかなかよかったのですが、沿線にさほどの街が無く、路線長が長いだけに赤字額も大きく、早々と廃止されてしまいました。この唯一の支線が廃止されたために、留萌本線はとっくに「本線」の名には価しなくなっていたのですが、JR北海道はJR四国のように「本線」の名称をやめることなく、そのままにしていました。
 羽幌線があった時代からして、留萌〜増毛間は見るからにどん詰まりの枝線という雰囲気で、心許なげなところがあったのですが、国鉄末期の廃止ラッシュの際には、留萌本線の一部という理由で廃止を免れていました。函館本線の枝線だったおかげでやはり廃止を免れた砂川線と同様です。
 しかしその砂川線もすでにありません。JR各社が路線を廃止するときには、国鉄末期のときのように、線区名単位で考えなければならないという縛りもなくなりました。すでにJR西日本可部線などは途中から廃止されてしまっています。それでJR北海道は、路線維持の困難な区間をずらずらと並べ立てています。これから地元と協議を重ねることになるのでしょうが、JR北海道の言い分がすべて通ったとすると、半分以上の線路が消えてしまうことになるようです。

 その中で、留萌〜増毛間は、人口が少ないこともあって、さほどの反対も無かったのでしょう。まず先頭を切って廃止されたというわけです。
 その他で具体的な廃止検討に入っているのは、札沼線北海道医療大学新十津川間、根室本線富良野新得間です。
 札沼線は、もう仕方がないとも言えるでしょう。北海道医療大学以遠は電化もされておらず、便数も激減します。ことに浦臼から先は、とうとう1日1往復という惨状になってしまいました。根元のほうは札幌の近郊路線とも言えるのに、どうしてこんなことになってしまったのか不思議です。
 まあ、終点の新十津川は、実は函館本線の滝川にわりと近く、札幌に出るならバスで滝川に行って特急に乗ったほうが圧倒的に便利ですから、もはや存在意義もあまり無かったと言えましょう。
 これに対し、根室本線は「え〜っ」という感じです。確かに富良野こそ北海道でも有数の観光地となっていて、ラベンダーのシーズンなど国内外から観光客が押し寄せますが、その先になると輸送量は先細るでしょう。新得から先は石勝線経由で事足ります。しかし、根室本線という伝統もありまとまりもある幹線を、このように分断するほどの事態になっているのかと驚きます。

 もちろん、JR北海道が切りたがっているのはこれだけではありません。石勝線夕張枝線新夕張夕張)も、すでに廃止するということで夕張市は納得しているとのことです。土砂災害のためバス代行だった日高本線の大部分、鵡川様似間も、JR北海道としては自力で復旧する気はすでに無く、沿線自治体もなかば廃止に同意しかけていると聞きます。
 これから関係自治体などと協議に入るであろう「JR北海道単独では維持困難」とされた路線はさらに広大です。
 当面の廃止は免れた留萌本線の残りの部分(深川留萌)、日高本線の残りの部分(苫小牧鵡川)もそこに含まれます。また室蘭本線沼ノ端岩見沢間も維持困難であるようです。
 根室本線滝川富良野間と釧路根室間も無理だそうです。末端である根室側はともかく、滝川側は札幌から富良野へ向かう最短ルートであり、ここを廃止してどうするのだという気がします。しかも途中には赤平・芦別という、市制の敷かれた街がふたつもあるのです。まあ、赤平は人口1万3千人、芦別は1万8千人と、市制を続けるのが妥当かどうか怪しいような過疎地となっていますが。
 それはともかく、富良野線もまた維持困難路線だそうですので、もしすべて廃止されると、なんと大観光地の富良野に向かう線路が1本も無くなってしまうというひどいことになるのでした。
 なお根室本線では、帯広釧路間も危なかったのですが、ここは「北海道高速鉄道開発」という会社と協議の上、もうしばらくは存続させるそうです。
 北海道高速鉄道開発は、宗谷本線旭川名寄間についても関わっていて、ここも当面は存続しそうですが、名寄稚内に関しては維持困難となっています。
 あと、石北本線の全線、釧網本線の全線も維持困難路線に指定されています。これらがすべて廃止されると、道東・道北からはほとんどの鉄路が消えることになり、わずかにその入口である釧路と名寄まで列車が来るに過ぎない事態となります。稚内や網走には、鉄道は行かないことになるのです。
 JR北海道の言い分がすべて通ったとすると、北海道の鉄道地図は実にシンプルなものになります。

 ・函館本線とその延長となる宗谷本線存続部分(函館旭川名寄
 ・その支線である学園都市線(札沼線の桑園北海道医療大学
 ・室蘭本線存続部分とその延長となる千歳線長万部沼ノ端千歳白石室蘭ならびに新千歳空港への枝線を含む)
 ・石勝線とその延長である根室本線存続部分(南千歳新得釧路

 たったこれだけです。
 さらに札幌まで新幹線が通れば、函館本線の函館〜小樽間も第三セクターに移管されます。この第三セクターも、あまり先行き芳しくない感じで、そう遠からず廃止されそうな気がします。

 北海道での鉄道経営が苦しいものであろうことは予測できましたが、なぜここまでガタガタになってしまったかと情けない想いにかられます。もともと人口密度が低くて利用者が少ないこと、寒冷や積雪のため他の地方よりも線路保守などの経費がかかることなど、同情の余地は多々あるのですが、それにしても……と思います。
 上記の、JR北海道単独では維持困難とされた路線は、当然ながら沿線自治体などからの出資を念頭においているはずです。地元が維持するためのお金を出してくれるなら残すにやぶさかではない、ということです。
 しかし、沿線自治体にもそんな余力は無いのが実情ではないでしょうか。実際、夕張市などはむしろ率先して廃止を「要請」したとのことです。石勝線の夕張枝線は全区間が夕張市内であり、これを残すためには全面的に夕張市が財政負担をしなければなりませんが、ご存じのとおり夕張市というのは経営破綻に陥りかけた極貧自治体ですから、JR北海道から話が出る前に「要りません」と申し出てしまったようです。上にちょっと書いた赤平市や芦別市なんかも、鉄道維持のための財政負担には堪えられそうにありません。
 そうなると北海道庁が面倒を見る必要がありそうですが、ここははっきりと鉄道には冷たい態度をとり続けています。まず道路、それから空港、余力があれば鉄道……と、優先順位が明確に決められています。札幌周辺以外は、鉄道など無くなっても良いじゃないか、という程度の認識です。道庁の援助はほとんど期待できません。
 そういう道庁の態度の後ろ盾になっているのが、道民の意識そのものでしょう。
 何度も書いていますが、北海道民には、もともと鉄道への愛着が稀薄です。もちろん、実際に利用している本人からすれば、無くなって貰っては困ると思えるでしょうが、ほとんどの人はクルマがあればどこへ行くにも充分だと思っているはずです。
 北海道には、隣の東北地方のような、「悲願何十年」というような路線はありません。基本的には、北海道の鉄道は、国や企業の殖産計画の都合で敷かれたものであって、沿線住民の要望によって敷かれた路線というのはほとんど無いのです。自分らでひっぱってきた路線ではないので、無くなってもそんなに残念だとは思わないでしょう。
 国鉄末期の廃止ラッシュの際にも、いちおうは形ばかりの抗議運動はあったものの、廃止対象路線のほぼすべてが、わりとすんなりと廃止されました。東北地方では逆にほとんどすべてが第三セクターの形で生き残っていることを考えると、北海道の淡泊さは注目に価します。沿線住民も大半が、

 ──無くなるのは残念だけど、まあ、仕方がないか。

 と納得してしまったのでした。
 今回はさらに、「存続するためにはお金を出さなければならない」というハードルが課されていますので、沿線住民も沿線自治体も、驚くほどホイホイと廃止に応じてしまうのではないかと、私は実はそれを心配しています。他の地方なら、これほど幹線的な鉄路が無くなるとなれば、なんとかしなければならないという機運が高まり、結果的には「様子見」という形であってもひとまずは存続することでしょうが、北海道に限って、私はそこを信じることができません。稚内も網走も根室も、それこそ形ばかりの抵抗は示しても、ほどなく
 「廃止もやむなし(高速バスとマイカーが来てくれさえすればいいじゃん?)
 という結論を下してしまうのではないかという危惧ばかりが先に立ちます。
 「そんなことはないぞ」と反論してくれる人が居れば、どんなに嬉しいことでしょうか。
 しかし、ここ10年くらいのうちに、維持困難路線はほぼ全滅するのではないかと、私は哀しみを持って予測しています。
 国鉄末期の廃止対象路線が発表されたとき、宮脇俊三氏は「地元との協議の結果、ほとんどが生き残るのではないか」と観測しましたが、実際には国鉄〜JRの路線としてはすべて無くなりました。かろうじて最近まで残っていた岩泉線などもとうとう力尽きました。宮脇氏の楽観的な予測は残念ながら外れてしまいました。
 私の悲観的な予測も外れてくれれば良いのですが、どうも見通しは明るくありません。
 北の大地から、線路が大半姿を消す日は、そう遠くないのではないでしょうか。

(2017.1.14.)

【後記】その後、夕張支線と、札沼線の北海道医療大学以遠が廃止となりました。日高本線も鵡川以遠はバス代行運転となっており、鉄路の回復のメドは立っていません。

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