池袋のサンシャインシティで、「スヌーピーの小さな幸せ探し展」というのをやっていたので行ってきました。先日近所のそごうの催し物でスヌーピー60周年展をやっており、そこでサンシャインシティのほうの招待券を貰ったのです。 スヌーピーの登場するマンガ「ピーナッツ」の作者であるチャールズ・M・シュルツが、50年に及ぶ連載を終えて、惜しまれつつこの世を去ったのは、2000年2月のことでした。考えてみればそれからもうずいぶん経っていることになります。月日の過ぎ去る速さを思わずにはいられません。
私はけっこう「ピーナッツ」のオールドファンで、小学校の頃に鶴書房から出ていた粗悪なペーパーバックをだいぶ読みふけったものです。日本における第一次ブームという時期で、少し大きな書店に行くとたいていピーナッツブックスコーナーみたいのが設置されていました。
両親は私がマンガ本などを買うことを好みませんでした。自分の小遣いで買ってきた時でさえ露骨に嫌な顔をされましたが、「ピーナッツ」だけは、枠外に英語の原文がついており、英語の勉強になるからとごまかして何冊も購入していたものです。もちろん英語の勉強などしやしませんでしたが、よく出てくる表現、例えば「Good grief!」などは憶えてしまって、当時の自分の日記で頻出したりしています。なおこの言葉は、「いやはや!」「やれやれ!」「なんてこった!」というくらいの意味の間投詞で、憶えたからと言って英語の成績にはこれっぽっちも寄与しませんでした。
小学生の小遣いでは、そんなに大量に買い込むわけにはゆきませんでしたが、当時は私の他にもファンの子が多く、学級文庫に十何冊もピーナッツブックスが並んでいました。その頃の学級文庫は、クラスのみんなで手持ちの本を持ち寄っていたのです。級友と交換して読んだのもあるし、従弟の家にもかなりありました。私はそれを片っ端から読破してゆきました。三十何巻くらいまでは、ほとんど読んだのではないかと思います。
その後まだ三十何冊刊行されていましたが、それらを読み切る前に、鶴書房(改めツルコミック社)が倒産してしまい、書店から、あの青い背表紙のペーパーバックは姿を消しました。それと共に私のピーナッツ熱も少し冷め、しばらくご無沙汰することになりました。
ツルコミック社は倒産にあたって、「ピーナッツ」の日本における版権を、角川書店に譲渡していました。
年月が過ぎ、角川書店からぼちぼち「ピーナッツ」関係の書籍が刊行され始めました。私も大人になっていたので、15巻組のハードカバー版を買ったり、文庫本を見かけると買ったりしていましたが、残念ながらどれも「傑作選」みたいなもので、昔の鶴書房版のような網羅性に欠けていました(鶴書房版も、必ずしも全作品を掲載していたわけではありませんが、連続ものになっているような回はほぼ欠かさずに載せてくれていました)。
まあ、本当にコンプリートしようとしたら、2万本近くあるわけですし、そのうち日曜版掲載のものはさらにスペースをとりますから、1巻250ページとしても100巻近い一大叢書が必要となります。どこかの出版社が挑戦してくれまいかと思いますけれども、私に買えるかどうかもわかりません。
さて、私がネットを始めたのは1997年のことですが、じきに「ピーナッツ」のオフィシャルサイトを発見し、1週間遅れで毎日更新される新作を読めるようになりました。もうかなり最後期の頃ということになりますが、当時は間もなく作者が永眠するなどとは思わず、こんな文章も書いています。
オフィシャルサイトに掲載されている作品は、もちろん翻訳されていませんが、なるべく辞書を使わずに理解しようと務めました。時には自分で翻訳してみて、自分のところではなくどこだったか人のサイトのチャットルームでその訳文を垂れ流したりしていました。すると、同好の士というのは居るもので、なんの説明もなく私が垂れ流した訳文を「ピーナッツ」のものとすぐに見抜いて
──センスいいね。
などと褒めてくれたりしました。私は大いに面目を施した気がしました。
そのうち、最期の日が来ました。
「ピーナッツ」の最終回の新聞掲載は、2000年1月3日でした(日曜版最終回は2月13日)。作者からの打ち切りのメッセージが書かれていました。
サイトに掲載されたのはその一週間後の1月10日です。もちろん私は驚きましたが、その約1ヶ月後、2月12日にシュルツは永眠しました。奇しくも、日曜版最終回の掲載される前日のことでした。なんというか、深い喪失感を覚えました。
その後は「ピーナッツ」関係の書籍を買うこともほとんどなくなりました。
ただ最近、ケーブルテレビを導入したところ、カートゥーンネットワークでちょくちょく「チャーリー・ブラウンとスヌーピー」を放映していたので、ひと通り見ました。少しだけ、かつての愛情が戻ってくるのを感じました。
このアニメ版は、私が鶴書房版にはまる少し前にNHKで放映されており、その時はチャーリー・ブラウンの声を谷啓が宛てていたり、ライナスが野沢那智だったりと、なかなか大胆な配役だったものです。子供の役なのにいいおっさんが声を宛てるというのは、今から見るとかなり奇想天外ですが、別に違和感を感じませんでした。これに馴れてしまっていたので、その後女性声優がチャーリー・ブラウンを演じるようになると、かえって変な気がしました。
カートゥーンネットワーク版は、さらに変わって、本物の子供(児童劇団員)が声を宛てていました。タイミングなどさすがに合っていないところもあるし、滑舌も微妙だったりしましたが、回数を重ねると、これはこれで良いような気がしてきました。少なくとも坂本千夏がチャーリー・ブラウンを演じている劇場用長編よりは違和感がなかったと思います。
そんなことがあったので、そごうのイベントに出かける気になり、そして招待券を貰ったサンシャインシティのイベントにも出かけようと思ったのでしょう。イベントはこの週末までなので、行ける日は今日しかありませんでした。
サンシャインシティのイベントは、マンガそのものではなく、「幸せはあたたかい子犬(Happiness is a Warm
Puppy)」というスピンオフ絵本に基づく展示でした。見開きページごとに「幸せは……(Happiness
is……)」で始まる一文が書かれ、それに関連したイラストが載せられている本です。このタイトル自体は、「ピーナッツ」本編の中でルーシーがスヌーピーを抱き寄せながら言ったセリフに由来しています。
イベント会場はイラストを拡大コピーしたたくさんのパネルで区画され、区画ごとに上記の絵本からの文章がひとつずつ書かれていました。そして若干、その文章の内容を視覚化したり触覚化したりした仕掛けが置かれているという趣向でした。
「しあわせは同じ音楽が好きな友だちがいること(Happiness
is having friends who like the same music)」という区画には、大きな鍵盤が1オクターブ分描かれたパネルがあり、その鍵盤を押すと本当に音が出るようになっていました。マダムが喜んでしばらくそれで遊んでいましたが、鍵盤の中央に描かれている犬の足跡を正確に押さないと音が出ないので、だいぶ苦戦していました。
展示の最後のところには、「Happiness is」とだけ書かれた白紙が置かれていて、来場者が好きな言葉を埋められるようになっていました。そこらじゅうの壁や柱に、来場者ひとりひとりの「幸せ」が書かれた紙が貼られています。
私も何か書こうと思って紙とペンを手に取りましたが、こういう時、ついしゃれた言葉を書いてやろうと気取ってしまうもので、けっこう悩みます。結局、
──Happiness is Sharing Happiness(幸せは、幸せを分け合うこと)
と書いて、片隅にスヌーピーとウッドストックの顔を描いて係員に渡しました。英文として正しいのかどうか知りません。
Chorus STにもスヌーピーマニアみたいな女性団員が居るのですが、その点で話が合うかどうかと言うと、そうでもありません。彼女はキャラクターとしてのスヌーピーが好きなのですが、私は「ピーナッツ」というマンガが好きなのであって、特にその中のキャラクターのひとりであるビーグル犬のファンというわけではありません。むしろキャラクターとしてスヌーピーばかりがもてはやされるのを苦々しく思ってしまうほうです。
登場人物で私がいちばん好きなのはマーシーで、あのマイペースぶりと、ペパーミント・パティに対するやたらと冷静なツッコミがたまりません。時々動顛して真っ赤になるのもかわいらしいし、スヌーピーの撃墜王ヴァージョンで登場する時のフランス娘役もなかなか味があります。ただ、こういうことはキャラクターグッズだけ見ていてはわからず、本編を読まないと理解できないでしょう。キャラクターグッズに描かれるマーシーはごく地味な存在です。
マーシーはよくペパーミント・パティのことを「Sir」と呼びます。そしてペパーミント・パティはこの呼びかたが大嫌いで、その都度「Sirって呼ぶのやめろよ!」と言い返しています。標準訳と言うべき谷川俊太郎氏の訳では、「先生」となっていますが、それだとペパーミント・パティがあれほどいやがる理由がよくわかりません。男の先生に対する言い方だからという解説を時々見かけますが、どうも納得できないのです。アニメ版では「先輩」としてあり、さらに納得できません。
私が訳すとしたら「旦那」とでもしたいと思っています。「旦那」もSirには違いありませんし、こう言われてはさすがにペパーミント・パティもいやがりそうですし、マーシーの変な子ぶりも強調されるでしょう。また、「Sirって呼ぶのやめろよ!」と言われたマーシーが一度だけ「Ma'am!」と呼ぶところがあり、この「奥様!」にもうまく対応しそうです。
……というようなことをあれこれ考えて楽しむのが私の「ピーナッツ」ファン道で、キャラクターグッズなどにはほとんど興味がないのでした。イベントのショップでも、マダムはいくつかグッズを買っていましたが、私は結局何も買わずにイベント会場をあとにしました。
(2011.9.2.)
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