ある先生が古稀を迎えられ、今日その祝賀会があったものの、仕事があって列席できないため、お祝いの電報を打つことにしました。 実は電報なるものを打ったことはほとんどなく、どこにどうやって申し込めば良いのかもよくわからなかったのですが、ハローページを見たら案内が載っていました。 電報料金というものもそれではじめて知ったのですが、ずいぶん高いものだと思います。お祝い電報だと25文字まで735円、30文字まで829円となって、50文字までだと1207円にもなってしまいます。信号手が電信機のスイッチを叩いて送っていた時代ならともかく、単行本一冊分のデータでも何十円かで地球の裏側まで送れてしまうインターネットの時代に、これはかなり暴利と言って良いのではないでしょうか。 もちろん、配達人を差し向けて先方に直接届けなければならないわけですから、人件費などがかかるのはわかります。それにしても、わずかな字数の差でこれだけ累進するのはいかがなものでしょう。30文字だろうと300文字だろうと、配達の手間はまったく変わらないはずではありませんか。
どんな計算で算出された値段なのか知りたいものです。
台紙はいろいろ凝ったものが用意されているようですが、もちろん電報本体とは別料金です。加算料金無しの「ベーシック」というのもありますが、それもそっけない気がします。いや、ベーシックではそっけないと思わせるのが狙いかもしれません。
私たちの結婚式の時に、ディズニーのネズミカップルのぬいぐるみが添えられた祝電が届きました。ぬいぐるみが添えられたというより、ぬいぐるみに電報が添えられているような趣きです。キャラクターものはディズニー以外にも、スヌーピー、キティなどいろいろあるようです。
文箱にできるような漆塗りの容器に入れるという趣向もありますし、絵の部分を取り外してコースターやペン皿になるなんてのもあります。刺繍や押し花がついているのもありました。こんなにバラエティがあったとは驚きです。
さて、ともかく安いものではないので、字数をなるべく減らすことを心がけました。
あこぎなことに、差出人の名前などまで字数に含まれるらしいのです。連名で出したりしようとすると、本文がだいぶ食われます。
祝電の場合、「おめでとうございます」一語だけで10文字を要してしまいますので、文面は慎重に考えなければなりません。
「お慶び申し上げます」だと9文字となり、1文字減ります。1文字といえども無駄にはできませんので、こちらを使おうと思いました。
と、マダムが横から言いました。
「『お慶び申し上げます』って、目上の人に使うと失礼なんじゃないの?」
あらためてそう言われてみると、私も少々自信がありません。よく使われているとは思うのですが、どういう相手に向かって使っているのか、意識して見たことは無かったようです。
それで念のため、ネットで調べてみました。こういうことを簡単に調べられるのでネットは便利です。知恵袋のようなサイトで、この件で質問をしている人が居ました。
結論から言うと、「お慶び申し上げます」は目上に対してもOKです。ただし、「お喜び申し上げます」は厳密に言うとNG。
──目上の人が目下の人にいいことがあったときに
「私も喜んでいる」
と言うのは分かりますが、目下の人が目上の人にいいことがあったからといって
「私も喜んでおります」
などと言うのは僭越であり、よけいなことです。
と説明がありました。「喜び」と「慶び」はどちらも「よろこび」と訓みますが、意味が違うのです。「喜び」は自分自身の感情として嬉しかったり楽しかったりするわけですが、「慶び」は「祝う」に近い意味で、従って目上に使っても問題は無いのでした。「お待ち申し上げます」「お送り申し上げます」などと同様の謙譲表現です。ただ、常用漢字表では「慶」の字に「よろこ(ぶ)」という訓を認めていないため、「喜」の字を代用に使う人が増えているとのことでした。
しかし半世紀近く生きてきて、しかも人並みよりは文章を書くのに馴れているつもりの私でも、いまだに迷うことがあるのですから、敬語というのはまったくもって難しいものです。
私は外国人が学習する上で、日本語は決して難しい言語とは思いません。母音や子音の種類がそう多くなくて発音は容易だし、アクセントも基本的には高低の2種類だけです。しかも、多少発音やイントネーションが怪しくても、日本人であればちゃんと理解してあげられます。riceがliceとなっただけで全然通じなくなる英語よりは、ずっと親切な言葉です。
意志が通じれば良いだけなら、おそらく習得に時間がかからない言語の筆頭とは言わないまでも、かなり上位ランクに属していると考えます。
しかし、「使いこなす」「究める」となると、こんなに難しい言語も無いかもしれません。とりわけ敬語表現が大変でしょう。
外国人が日本語をしゃべる場合、二人称の「あなた」をよく使うのですが、ヨーロッパのレストランでウェイターから「あなた」と呼ばれた年配のご婦人がぷんぷんしていたことがあります。
「日本語で面と向かってお客に『あなた』なんて呼ぶのはすごく失礼なんだって、教えてやらなきゃ」
あちらはyou、vous、Sie、leiなどの代わりに「あなた」を使っているわけで、それが失礼だなどと言われると眼を白黒させることでしょう。
──ならどうやって言えばいいんだ。
と怒り出すかもしれません。一方、中国人などは「あなた」程度の意味合いで「先生」と言ったりするので、今度はかえってわれわれのほうが恐縮してしまったりします。
日本語では、言葉遣いによって、誰について話しているのかわかるわけで、会話に人称を必要としない言語なのですが、欧米人にはわかりづらいことでしょう。強いて言えば、スペイン語は格変化によって人称がわかるため、主語が省略されることが少なくないようで、多少近い雰囲気があるかもしれませんが。
日本語の敬語は相対敬語のため、実はすごい情報処理を必要とします。瞬時にして相手と自分の関係性を判断して、ふさわしい言葉を選ばなければなりません。世界的に見れば、かなり大変なことをやっています。
韓国語にも敬語がありますが、こちらは絶対敬語だそうです。つまり、身内だろうと客だろうと、身分の高いほうに上位の敬語を使うのが原則で、例えば
──わが社の社長様が、あんたにここでしばらく待っているようおっしゃっておられました。
みたいな言いかたになるようです。われわれから見るとなんとも落ち着きの悪い表現と言わざるを得ませんが、外国人がマスターするのであれば韓国語方式のほうが楽でしょう。
日本語というのは、間口は広いけれどもえらく奥深い言語であると痛感します。
電報はインターネット経由で送れるというので、今朝その手配をしました。
電話口で漢字の説明をしたりせずに済んで楽でしたが、ネットでできるのであればもっとずっと安くできそうな気がしてなりません。
コピペして用紙にプリントすれば済むわけですから、B6判くらいに収まる文言であれば、何字であろうとおんなじ料金にしても問題は無いのではないでしょうか。
こんな通信方法は、いい加減時代遅れであるようですが、祝電を送るほうが祝賀電子メールを送るよりも丁寧でフォーマルだという観念が人々にあるうちは、なかなか廃れないかもしれません。
(2012.2.11.)
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