II 元大阪市長・大阪府知事の橋下徹氏が提唱した「大阪都構想」についての、2度目の住民投票がおこなわれました。第1回は5年半ほど前(上記)で、僅差で反対が多くなり否決されました。その否決を受けて、橋下市長は辞職しました。 今回、橋下氏の起ち上げた大阪維新の会の首長ふたり、すなわち吉村洋文知事と松井一郎市長のもとで、彼らとしては満を持した形で再投票がおこなわれたわけですが、結果は前回と同様、僅差で反対が多く、やはり否決ということになりました。得票率で言えば賛成が49.4%、反対が50.6%だったそうですので、本当に僅差です。ちょっとしたことで様相が変わっていたことは充分考えられます。 それにしても今回は反対派がなりふり構わなかった感じで、 ──よくわからなければ反対しよう! みたいなキャンペーンを張ったそうです。まあ確かに、詳細をよく知らずに賛成するということには危うさも感じられますが、そんな身も蓋もない言いかたをしなければならなかったところを見ると、今度は都構想が通ってしまうのではないかという危機感があったのかもしれません。 あと、投票日直前に「大阪を維新の会が言うように4つの特別区に再編すると、大幅に経費が増加するようになる」という報道が流れました。確か合計二百何十億円だかの支出オーバーとなるというのだったと思います。 この試算は市の職員から示されたというのですが、決済を受けていなかったらしく、つまり公式な数字ではありませんでした。市の職員は人員整理の対象になる可能性が高いので、一体に反対派が多いらしいのですが、そういう職員がいわば「私算」として出した数字を、毎日新聞などが嬉々として採り上げたということだったようです。NHKなども追随してこの数字を報じ、あとで取り消していました。 取り消されたとはいえ、この二百数十億円という数字を見て反対にまわった人も少なくはなかったのではないでしょうか。こう僅差であっては、この「誤報」が結果に影響を及ぼした度合いがかなり高いような気もします。だとすれば今回の都構想は、メディアによって潰されたという面が大きいのかもしれません。今後、憲法改正の国民投票がおこなわれるようなときになった場合が思いやられる、と慨嘆する人も多かった模様です。 しかし推進派のほうもいささか頼りないのであって、二百数十億という数字に、同じく数字をもって反論する人がひとりも居ませんでした。維新の会の中で、都構想を実現することによってどの程度の経費が削減できるかということをあらかじめ試算していなかったとは思えないのですが、なぜその数字を出さなかったのでしょうか。案外、説得力のあるほどの数字が出なかったのではないか、と疑われても仕方がないところです。 経費のこともそうですが、この大阪都構想には、前回からしてあまり明確なヴィジョンが感じられません。大阪市を廃止して特別区を導入することによって、住民の生活がどう変わり、どんなメリットを享受できるのかという展望を示すことができていないように思います。二重行政の弊害を無くすなどと言っても、住民にはどういう影響があるのかわかりません。行政の立場からはいろいろ良い点があるのかもしれませんが、それが住民にとっても良いことだというアピールがどうにも足りていなかったようです。 いままで府と市の両方に納めていた住民税がこのように安くなる、なんてことも言っていた様子がありません。考えてみれば、府と市に納めていたものが、都構想が通れば府と区に納めることになるわけなので、実はあんまり変わらないのではないかという疑問も湧きます。大阪市のいまの区は特別区ではないので、区に納める税金というものは無かったはずです。アピールしていなかったということは、やはり試算してみたら大差はなかったということなのではないでしょうか。 前回に感じたそのアピール不足が、5年半経ったいまでも、さほど改善されたようには見えません。特別区の住民となることのシミュレーションなど、5年半あれば、たとえばドラマ仕立てでもアニメ仕立てでも、いくらでも制作できたと思うのに、そういうことをやっていた話は聞きません。「大阪が"都”になんのやで!」というお題目だけでは、「そらごっつええ話でんな」とこぞって乗ってくるほど、大阪府民は甘くなかったということでしょう。 正直言って、「都になる」というのがどういうことなのか、私にもよくわかりません。前も書きましたが、「都」という名称は首都にしか使えないように思えます。しかし橋下氏以下の推進派は、「大阪都」という響きにロマンを感じてしまったようで、その詳細を語ることをあまりしませんでした。 ──ほら、「都になる」んや。な、わかるやろ。 とでも言いたげな態度で、これではわからない人が多くても仕方がありません。よく半数近くの人が賛成したものだと思えるほどです。 確かに今回、「大阪市を4つの特別区に再編する」というプランは出してきました。いままでの24区というのが細かすぎたのは事実で、平均面積は10平方キロにも満ちません。大阪市自体がそんなに広い自治体ではなく、さいたま市よりわずかに広いくらいで、その中に東京の23区を上回る数の区が含まれていたというのは、逆にびっくりです。再編して、ある程度のスケールを持たせたほうがいろいろ好都合なのかもしれませんが、そこをもっと説明すべきでした。なんとなく意味もなく、隣の区と一緒にさせられるというのでは、拒否感のほうが大きくなりそうです。 なお、橋下氏が最初に大阪都構想を提唱した頃には、特別区というのは「都の区」であると定められ、東京都以外には置けない規定になっていました。橋下氏はそこに風穴を開けたいと思ったのでしょう。かつて「東京府」の「東京市」が解体されて「特別区」と「その他市町村」に再編されたのと同じことをしたかったのだと思います。ただし特別区が「都」にしか置けない決まりであったため、「それなら大阪も都にしてしまえ」というのが最初の発想であったと思われます。 しかし、その後事情が変わりました。「大都市地域における特別区の設置に関する法律」というのが平成24年に発布され、東京以外にも特別区を置けるようになったのです。この法律は明らかに、橋下氏の提唱に対応して出されたのに違いなく、その意味では大阪都構想は、実現はしなかったものの一定の成果を上げたと言えなくもありません。 この法律によれば、200万人以上の人口を持つ政令市、あるいは隣接する市町村を合併することによって200万人以上になる政令市(ただし県境は跨げない)に、特別区を置けることになったのでした。この規定が適用できる道府県は、大阪府のほか、北海道(札幌市が周辺のいくつかの市町村を吸収すれば200万を超える)、埼玉県(さいたま市が川口市や上尾市などを吸収すれば可能)、千葉県(千葉市が習志野市や四街道市などを吸収すれば可能)、神奈川県(横浜市は単独で規定を満たす。川崎市は横浜市と合併しない限りは不可能、相模原市も現段階では不可能)、愛知県(名古屋市が長久手市や一宮市などを吸収すれば可能)、京都府(京都市が宇治市や向日市などを吸収すれば可能)、兵庫県(神戸市が芦屋市や明石市と合併すれば可能)と一挙に増えました。なお福岡県は福岡市と北九州市というふたつの政令市を擁しますが、残念ながらどちらも、隣接市町村を併合しても200万には満たないそうで、現段階で特別区を設置することはできません。 これにより、大阪にだってその気になれば特別区を置けるようにはなりました。この段階で、大阪都構想というある意味いかがわしいセンスの名称を捨てて、「大阪にも特別区を!」というようなキャンペーンにしておけば、あるいはもっと理解を得られたかもしれません。しかし橋下氏は、自分の提唱した「大阪都」という語感を捨てられなかったようです。 上記の法律には、その点にも釘を刺しています。特別区を設置した道府県は、東京都と同じ扱い、いわば「都」としての扱いを受けることができるけれども、「都」という名称を名乗ることは許可しない、ということになっているのでした。横浜や名古屋に特別区を置いたとしても、「神奈川都」「愛知都」と名乗れるわけではありませんよ、と確認しているわけです。もちろん「大阪都」もダメです。 今回の住民投票で大阪都構想が可決されていたとしても、大阪維新の会があくまで「大阪都」という名称に固執するのであれば、上記法律の改正、あるいは新たな法律が必要になります。そうなってくるとこれは国の立法ということになりますから、そう簡単には通らないでしょう。大阪以外の議員が「大阪都」という呼びかたを認めるとは考えづらいところです。 橋下氏たちは、もともと特別区設置をわかりやすくイメージさせるために「大阪都」などと言い出したのだろう、と私は思っていたのですが、彼らの様子を見ていると、本当に「大阪都」という名称にすることを夢見ているらしいと感じられてきます。そしてその名称に固執していたために、かえって論点がわかりにくくなってしまったというのが、外から見ていての感想です。 大阪がもたついているあいだに、それこそ神奈川や愛知、京都などが「お先〜」とばかりに特別区を設置してしまったりしたらけっこう面白いというか、笑えると思うのですが、さて名乗りを上げるところはあるでしょうか。 とにかく、推進派も反対派も、正々堂々人事を尽くしたとはあんまり思えない案件でした。推進派が2回続けて僅差で負けたというのは、さすがにもう言い訳の利かない話ではないかと思えますし、反対派のやり口もどうもフェアとは言えないものがあったようです。つまるところ、 ──おまえな〜、住民投票いうんは、そないに甘いもんやおまへんのや〜、もっと、マジメにやれ〜(「帰ってきたヨッパライ」風に) と双方に言いたくなる騒ぎではありました。
大阪に関しては、確かに、同じようなハコモノを府と市が別々に作ったりして、二重行政の弊害と呼ばれることが無いわけではないようです。その意味では特別区に再編する意味もありそうですが、ただ、政令市というものはもともと都道府県のそれとほぼ同じ権限を委譲されているわけで、要するに大阪府が大阪市に構いすぎであったというだけのことかもしれません。これからまた特別区を設置する議論を再開するのであれば、「大阪都」という、かなりマイナスイメージもついてしまった名称に固執せず、特別区のメリット、デメリットを冷静に検討して結論を出すべきでしょう。それにこういうことは、住民投票にそんなに絶対的な拘束力を持たせるべきこととも思えません。大阪市の24区が多すぎるのであれば、特別区にする以前に、まず10区くらいに再編することを考えてみてはどうでしょうか。その次の段階として特別区設置を検討すればよろしいのではないかと考える次第です。 (2020.11.3.) |