忘れ得ぬことどもII

オーケストラリハーサル

 先週から、『セーラ〜A Little Princess』のオーケストラ練習が始まっています。
 毎年、板橋オペラのオケ練がはじまる時にはけっこうワクワクしているのですが、今年はオリジナル作品だけに、そのワクワク感もひとしおです。
 演奏者のほうも、参考になる音源があるわけではないので、パート譜を眺めながら、どんな音になるのだろうかと不安半分期待半分な状態だったかもしれませんけれども、その点は作曲者である私もご同様、というよりむしろ切実でした。
 元のオーケストラスコアがあって、そこからアレンジしたものであれば、音が鳴ったときの想像もつけやすいのです。しかし今回はピアノ伴奏譜ができているだけでした。アレンジした時の音は、私の頭の中で鳴っていたに過ぎません。これまでオーケストレーションの仕事はずいぶんたくさんやってきたにもかかわらず、実際のリハーサルを前にすると、はたして夢想していた音がちゃんと鳴るものかどうか、まるっきり予想もしなかった変な音がするのではないか、などと気になってならないのでした。
 変な音と言っても、使っている音はわかっているわけなので、協和音が不協和音になるとかそういうことはありません。ただ、異様にバランスの悪い音が出てくる可能性は無いとは言えないのです。なかなか、絶対の自信をもってリハーサルに臨むというわけにはゆかないものです。

 板橋オペラの毎年の例にたがわず、オーケストラは「板橋編成」です。使う楽器は年によって多少の差異はあるのですが、今年は、ヴァイオリン4挺、チェロ1挺、コントラバス2挺、フルート1本、オーボエ2本、クラリネット1本、サクソフォン5本、トランペット1本、トロンボーン2本(うち1本はバス・トロンボーン)、ピアノ……という組み合わせでした。
 5本のサクソフォンが中軸となることは変わらないのですが、弦楽器が少し増えてきたのはありがたい話です。ヴァイオリンが4挺あれば、いちおう「第1ヴァイオリン」の響きが得られます。1挺や2挺だと、ソロヴァイオリンとしての音になってしまい、弦楽合奏という響きではなくなってしまうのでした。
 コントラバスが2挺あるのも心強い限りで、一体に低音の貧弱な板橋編成に重厚さを加えてくれます。
 ただ、チェロ1挺というのが、はたしてどのくらいの音を期待できるのか心許ないものがありました。この前笈沼甲子さんのリサイタルにゲスト出演していた羽川真介さんくらいに強靱な音を出してくれるなら良いのですが、あれだけのボリュームを出せるチェリストというのはそうそう居ません。
 フルオーケストラであれば弦5部の合奏に相当する主力ハーモニーは、板橋編成の場合、「第一ヴァイオリン+サクソフォンアンサンブル+コントラバス」という形で代用するしか無いのですが、そういう組み合わせの中に1挺のチェロが入って、それが和音を支えきれるかというと微妙なところです。古典派音楽のように、常にコントラバスとオクターブ重ねしているのであれば良いのですけれども、そういう箇所ばかりではありません。
 勢い、バリトンサクソフォンあるいはテノールサクソフォンあたりと重ねたくなるのでした。このため、バリトンサクソフォンはおそろしく忙しいパートとなっています。せめてチェロが2挺使えれば、と思います。しかし何年か前までは、そもそもチェロが存在もしなかったのですから、それに較べれば隔世の感ではあります。

 フルート・クラリネットも、もう1本ずつ使えればなあと思います。フルートに関しては、特にピッコロに持ち替えるところでそういう気持ちを強く感じます。ピッコロの音が欲しいのに、その前のところで持ち替える閑がどうしても取れず、やむなくフルートのままで吹かせたという箇所がいくつもあります。もうひとりのフルート奏者が居ればなんの問題もありません。
 クラリネットについては、実のところ低音補強のためにバス・クラリネットが使えればと思いました。現在のところ板橋区演奏家協会唯一のクラリネッターである宇田早苗さんに訊いてみたところ、バスクラは自分で持っては居ないものの調達は容易でありそうで、吹くことにも特に抵抗は無いようなので、そのうち使ってみようかと考えています。なお彼女はB管とA管のクラリネットを両方たずさえてきており、両方使えると喜んでくれるので、今回も何度か持ち替えをして貰っています。
 フルートにしてもクラリネットにしても、重音で動かしたいところがちょくちょく出てくるのですが、それはもうどうしようもありません。木管の重音が欲しいところでは、ただひとつ2本の楽器が使えるオーボエにやらせるか、双方の音質の違いに目をつぶってフルートとクラリネットを重ねるということをせざるを得ませんでした。響きとしてオーボエではきつすぎる場合もあるし、いくら目をつぶってもやはりフルートとクラリネットの音色の差が不自然というところもあり、悩ましいところではあります。
 フルートやクラリネットを2本ずつ、となればファゴットを入れたいという気にもなり、欲を言い出すときりがありません。ホルンだって欲しくなるし、トランペットももう1本と、際限なく楽器を入れたくなってしまいます。
 そんな中、トロンボーンが2本使えるのは助かりました。私はわりとトロンボーンに中音域でメロディーを吹かせたりするのが好きなのですが、演奏家協会でずっとやってくれている金川マコトくんの持ち楽器はテノール・トロンボーンで、これはメロディーの演奏には向いているものの、低音補強にまわすと、意外なほど使いづらいのでした。だいたい私は金管楽器の下のほうの音域というのがいまひとつよくわかっていません。ペダル音(倍音でない、その管本来の音)がどのくらい使えるものなのか理解できていないのです。中高生のブラスバンドで吹いているようなアマチュアには、ペダル音は使わせるべきでないようです。プロなら使えますが、それでも奏者の個人差、楽器の個体差によって、良好に鳴るペダル音はいろいろであるそうです。以前、コントラバスがまだ板橋編成に入っていなかった頃、トロンボーンにコントラバス的な役割を果たして貰っていたことが少なくなく、そういう時はペダル音連発で金川さんには悪いことをしたと思います。
 もうひとりの有賀祐介くんは、この前のファミリー音楽会に出演して貰った際、テノールのつもりで私の書いたトロンボーンパートが「高くて」苦労したと聞きました。彼はバス・トロンボーン吹きであったのです。バス・トロンボーンという楽器は、本来はテノール・トロンボーンで出ない音域(ペダル音の最高音であるシ♭と、いちばん下の倍音であるミのあいだの音)を埋めるために開発されたのですが、低音を充実させるために作られた楽器だけあって、ペダル音などもテノール・トロンボーンより使いやすいようなのでした。
 そんなわけで、サクソフォン同様、音域の違う同種の楽器があることになり、だいぶ重宝しました。

 基本的に外部の演奏者を加えないというつもりで編成したので、今回は打楽器が入りません。演奏家協会には打楽器奏者がほとんど居らず、居たとしてもマリンバなど鍵盤打楽器が専門です。もちろん鍵盤打楽器奏者といえども、太鼓やシンバルを叩けないわけではありませんが、楽器を自分では持っていないことが多く、その場合は借り賃がかかることになります。
 ティンパニなど借りると、1基10万円くらいかかってしまうことがあります。ティンパニは古典もので最低2基、近現代ものでは4〜5基無いと用をなしません。『セーラ』でも、もしティンパニを使うのであれば、少なくとも4基は必要になるはずです。
 ティンパニだけではありません。『セーラ』にはジャズっぽい箇所もちょくちょく出てくるので、本当ならドラムセットを一式入れておきたいところです。セットにはなっていなくとも、スネアドラムハイハットシンバルくらいは欲しい気がします。
 ともあれこれらも、欲しいと言い出すと際限が無くなるので、涙を呑んで打楽器はすべて省略しました。「打楽器的な音」はピアノに託しましたが、やはりピアノでは物足りないようです。

 先週の金曜と、昨日と、オケ練はすでに2回おこなわれましたが、実はまだ全員が揃ったことがありません。通常からひとつのユニットとして活動しているわけではなく、ふだんは個人で仕事をしている人々をかき集めることになるので、どうしても都合の合わない人というのが出てきてしまいます。楽器で言うとチェロ、ソプラノサクソフォン、トランペットは加わったことが無く、そのためにいまひとつ曲の全貌がわからない状態になっています。
 1幕2場の冒頭に、5分近くにわたって、器楽だけで間奏曲が演奏されますが、これなどはポリフォニックな作りかたを採っているだけに、楽器が揃っていないと、どんな曲だか見当をつけづらいのでした。1度目はどあたまに単独で出てくる第1オーボエが欠席だったし、中間部のテーマを呈示するトロンボーンは2度とも不在(先週は出席はしていたのですが遅刻──届け出済み──で、この曲をやった時には居なかった)だったので、まだその部分のメロディーを聴いた人が居ないという状況です。
 ソプラノサクソフォンは、以前ヴァイオリンが少なかった頃のように、第1ヴァイオリン的な扱いで登場することはあまり無くなったとはいえ、本来の「サクソフォン的な」パッセージをしばしば奏する必要があります。もしこのオペラをフルオーケストラにアレンジし直すとしても、サクソフォン1本は入れておかなければならないかもしれません。そんな重要パートなので、顔を見せてくれないと歯が抜けたような雰囲気です。
 トランペットは最初から練習に参加できる日が限られるという話を聞いていたので、あまり「合わせ」を必要としない書きかたに努めました。
 チェロは、上に書いたとおり、バリトンサクソフォンなどと重ねてあることが多いため、音が抜けていて困るということはないものの、全体の響きのバランスを計るためには、やはり不要とは言えません。

 先週金曜の初日に、3幕1場のほとんど終わり近くまでリハーサルを進められたので、私はむしろ意外な想いでした。新曲でもあるし、しょっちゅうひっかかって、とてもそんなところまでは進まないだろうと考えていたのでした。ちなみにオーケストラの練習に充てている時間は、朝10時から夕方16時半くらいまでで、うち1時間は昼食休憩であり、その他のインターバルを加えて約5時間が正味の練習時間となります。
 『セーラ』は休憩を入れて3時間くらいのオペラであると思っていますが、それはFinale演奏時間計測ユーティリティで算出した結果に過ぎません。通して演奏みたことはいままでいちども無く、はたして本当に3時間であるかどうかは保証の限りではありません。

 ──そんなにかかるの? そのわりに短く感じるけど。

 と言われたことがあります。長くはあっても短くはないだろうと思うので、もし出演者のみならずお客も「短く感じる」とすれば、それは「『退屈しない』台本&曲である」ということでもあり、作者冥利に尽きるようでもあります。
 いずれにしろ、正味にして2時間半は確実にかかるところを、リハ初日の5時間ほどでその9割がた消化できたというのは、なかなか好いペースであるようです。2回目である昨日は、初日にやり残したところからはじめて、若干のペンディング箇所を除いて全曲を音にすることができました。少なくとも、合わせにくい曲ではなかったということになりそうです。
 歌と合わせる日が楽しみです。

 かなり差し迫ってきましたが、目下必死で案内状をあちこちに発送しています。もう少し早くすべき作業でしたが、私もやることが多くて、なかなか手がつけられなかったのでした。
 私が直接顔を見せて宣伝や配券ができる場は、もうほぼ全部まわってしまったので、あとは案内状を送って買ってくれる人が居ることを祈るばかりです。残念ながら、

 ──MICの作品発表なら何を措いても聴きに行くよ。

 というような奇特なファンはごく少数で、まあたいていは

 ──その日予定があいてたら聴きに行くよ。

 ということになります。仲間はなかば冗談で
 「200枚くらいは売ってくれますよね。もしかして400枚くらい?」
 などと言っていますが、私の配券力は、親の知り合いなどまで総動員してもせいぜい150というところです。5千円のオペラともなれば、そこまでは売れないと思われます。10枚20枚と知り合いに売ってくれるようなコアなファンが居れば良いのですが、そんな人は残念ながら居なさそうです。

(2015.5.28.)

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