インフルエンザにかかってしまいました。
インフルエンザにかかったのなぞいつ以来でしょうか。そうではないかな、などと思えたこともありましたが、はっきりした診断が下されぬまま、もうずいぶん長いこと経ってしまったようです。
行きつけの近くの医院の、先代の先生の頃に、
「ああこりゃ、はやり風邪だね」
と言われたことがありましたが、その「はやり風邪」というのが、直訳して「流行性(はやり)感冒(風邪)」すなわちインフルエンザのことであったとすれば、少なくとも診断されたのはそれが最後です。もう20年くらい前のことだったと思います。その先生もとっくに亡くなって、いまは息子が医院を継いでいます。
行きつけとは書きましたが、そうそう通ったわけでもなく、代替わりのこともしばらく知りませんでした。マダムと結婚した頃か、あるいはもう少し前に、その医院だったところに小ぶりのマンションが建ち、その1階が前のとおり医院として営業をはじめたのですが、たぶんそのあたりが代替わりだったのでしょう。老先生の遺産で建物をマンションに建て替え、医業以外での収入も確保したというところではないでしょうか。
その若先生、というほどもう若くもありませんが、それが私に20年ぶりくらいにインフルエンザの診断を下した医師でした。 金曜日(2018年1月12日)の朝あたりから、どうも体調がすぐれませんでした。からだのふしぶしに乳酸が滞っているという感じで、何をするにもだるくてかないません。
風邪のひきはじめによくある症状ですが、必ずしも風邪ではない場合もあり、特に熱も出ないままひと晩寝れば治ってしまうということもしばしばあります。
前日の木曜日(11日)に、カメラの修理をするべく、寒天の中を新宿とか銀座といった人混みに出かけたせいで風邪を貰ってしまったかとも思いました。また、もっとありうることとして、マダムがそのまた前々日の火曜日(9日)くらいから熱を出して寝込んでいたので、そちらから伝染ったということも考えられます。
マダムは平熱が低めなので、38度超えの熱が出てへばっており、あちこちも痛いしきっとインフルエンザに違いないと騒いでいましたが、水曜(10日)の朝に医者(上記の私の行きつけとは別の医院です)に行って、検査を受けたところ陰性でした。
それで安心したのか、処方された薬が一時的に効いたのか、熱が下がったので、午後にはあろうことか映画を観に出かけてしまいました。なんでも木曜のフランス語のクラスで発表をおこなうためにぜひとも観ておきたい映画だったそうで、私の猛反対を押し切って有楽町まで出かけたのでした。
天罰てきめんなことに、帰ってくるとまた熱が上がり、翌朝も下がらず、せっかく観た映画のことを発表すべきフランス語のクラスも病欠とあいなったばかりか、午後の仕事も休まざるを得なかったのでした。
そのマダムと一緒におり、隣で寝てもいた私に風邪がうつらないというのはむしろ不自然かもしれません。いままでも、まずマダムが風邪をひき、私が貰い受けてマダムは快癒というパターンがちょくちょくありました。
いやなときに貰ってしまったなと思いました。私は週の中頃は比較的暇があるのですが、週末は仕事が入っていることが多いのです。これで熱が出たりしたら困ります。
幸い、金曜の仕事であるクール・アルエットの指導は、この日はお休みでした。晩のChorus STの練習まで、おとなしく休んでいようと考えました。 午後、何時間か眠ったと思うのですが、全身のだるさは改善されません。マダムもまだ調子が悪いと言って、この日の学校が終わると帰ってきました。結局、ふたりしてChorus STの練習を休むことになってしまいました。
実際、夜になってから、体温が急に上がりはじめました。37度台になったと思ったら、23時頃には38度7分なんて数字をマークしました。38度台なんて出したのも久しぶりです。
それで終わりではありません。寝ていると、ひどく腰などが痛み出し、寝返りを打って体勢を変えてもじきにまた痛み出します。ときに眠れたとしても睡眠は浅く、すぐに眼が醒めてしまいます。その何度めかにトイレへ行って、ついでにもういちど体温計をはさんでみたら、なんと39度に達していました。大人になってからこんな体温を見たことがあったろうか、いや無い、と何やら感動するような気分でした。
早暁になってもういちど測ってみても、まだ39度のままです。いやはや。
土曜(13日)の朝イチで医院に出かけました。歩いてもせいぜい100歩くらいしか要さない、ごく近いところですが、高熱があるせいか、妙に遠く感じました。
数日来の冷え込みで病気になった人が多かったらしく、診療開始時刻より前に医院に入ったのに、すでに6人ばかり先客が居ました。
受付でまた体温計を受け取って測りはじめました。熱が高いせいか、なかなか確定音が鳴りません。そのうち受付嬢がしびれを切らして
「いかがですか?」
と訊きにやってきました。
「まだ鳴ってないんですけど……」
と呟きながら体温計を出してみると38度5分で、やはりもっと上がりそうな勢いです。
6人も待つのか、とうんざりしつつ椅子に身を沈めていると、意外に早く呼ばれました。
「お熱が高いようなので、先にインフルエンザの検査だけしておきますね」
と看護師に導かれて、診察室ではなく検査室に入ります。最近のインフルエンザの検査は簡単で、鼻の奥に綿棒をつっこんで鼻水を採取するだけです。ところが、看護師は私の右の鼻の穴に綿棒をつっこんで引き抜くと、
「あら、鼻水はあんまり出てないですか」
と首を傾げ、左の鼻の穴にあらためてつっこみました。そういえば、私は風邪と言えばまず鼻にくることが多いのに、今回鼻水は出ていないようです。 この時点では、マダムから伝染った風邪だという思い込みが強くて、マダムが陰性だった以上私もインフルエンザではないだろうと考えていました。マダムの検査をした医者は、
「たま〜に、すりぬけちゃう人も居るんですけどね」
と言い、検査で陰性でも実際には罹患している場合があることを示唆していましたが、そうだったとしても、マダムからインフルエンザを貰ったとすれば発症が早すぎます。インフルエンザはよく知られているように、約1週間の潜伏期間がありますので、発症は早くても翌週の火曜、つまり明日(16日)くらいになって然るべきでしょう。もっとも、マダムが発症する前に私に伝染っていたのであれば話は別ですが。
さて待合室に帰され、しばらく待たされたあげく、ようやく先生に名前を呼ばれました。
なんのことはない、A型のインフルエンザが陽性だったのでした。年によっていろいろあるようですが、今年はA型が高熱型、B型が内臓型だった模様です。
その場で吸入薬を投与され、あと何種類かの錠剤とうがい薬を処方されて帰宅しました。家族ともなるべく離れて過ごすように、熱が下がってもウィルスは死滅していないので2日間は外出せず安静に過ごすようにと命じられました。
そうは言っても、前の晩はマダムと隣り合って寝ています。そればかりか、マダムは寝ている私の上に脚を乗せかけて寝ることが多く、つまりはかなり密着してしまっています。マダムがインフルエンザでなかったとしたら、すでに伝染っているかもしれません。
取り急ぎ、土曜日のピアノ教室の仕事と、日曜日(14日)に入っていた川口第九の仕事はキャンセルしました。ピアノ教室のほうは月謝制なので、いずれ埋め合わせをすれば良いようなものですが、第九の仕事は1回払いのため、キャンセルすれば即減収となります。自由業はつらいよ。 それにしても、マダムから伝染ったのでないとしたら、どこで貰ったのだろうかと不思議に思います。
潜伏期間約1週間ということを考えれば、逆算して4日〜6日というあたりが仕込み日と考えられます。4日はファミリー音楽会のリハーサルで板橋へ、5日はChorus STの総会で駒込へ、6日はピアノ教室へ、それぞれ出かけているので、そのいずれかで会った誰かに伝染されたのでしょうか。そんなに体調が悪そうな人と出会った記憶はないのですが、板橋などは人数が多かったので、もしかしたら罹患していた人が居たのかもしれません。インフルエンザではありませんが同じく板橋のリハーサルのときに風邪を貰ったことは1、2度あります。
もちろん、病気というのはさまざまな要因の重なりで起こるものですので、感染していても発症しないという人も居るはずです。特に予防接種を受けているとその可能性は高くなるでしょう。ただ発症せずに感染している人から伝染る危険性というものが、インフルエンザの場合どの程度なのかよく知りません。家族くらいの接触レベルになるとよくあることらしく、マダムの兄一家などでも、子供たちは学校や幼稚園で予防接種を受けているから発症はしないが親のほうが伝染されて寝込んでしまう、というケースが何度かあったと聞きました。
まあ、犯人捜しをしても詮無いことではありますが。 土曜日は医院から戻って、ほぼ一日中寝ていましたが、あんまり良くなった気はしませんでした。夕食後体温を測ってみると、またもや38度9分という数字になっていました。
その晩はさすがにマダムと離れて寝ましたが、前夜にも増して苦しく、何よりも腰痛が耐えがたいほどになっていました。前に腰を痛めたときと同じくらいの痛みで、トイレに起きるのも難儀なほどでした。いろんな姿勢をとり、その都度短い夢のようなものを見て、その夢の間もなんだかずっと腰が痛いのを感じていて、ふと意識が戻ってまた姿勢を変える、ということをひと晩中繰り返していた気がします。ほとんど眠れたような感じがしません。
ところが、そうこうするうち、まだ未明のうちだったと思いますが、急に体温が下がりました。そういえば汗ばんでいるようです。Tシャツの上にセーターを着込んで寝ていましたが、それまではほとんど汗というものをかいていませんでした。マンガやアニメやドラマなどで、高熱にうなされる人がダラダラと発汗しているシーンがよく描かれていますが、実際には熱が高いうちはなかなか汗さえかけないのであって、あんなにダラダラ発汗するというのは、熱が下がりかけている証拠です。
ともあれ、私の体温は一気に下がり、36度8分ほど、ほぼ平熱近くなっていたのでした。
私が映画に出かけようとするマダムに警告したように、解熱剤の作用で無理矢理下げられているだけかもしれないという懸念はありました。その後も腰の痛みはひかず、ほとんどまんじりともしなかったのも事実ですし。
しかし、朝、明るくなってからもう一度検温しても、やはり同じ体温でした。
これならいっそ、日曜の仕事はキャンセルしなくても良かったかとも思えるほどでしたが、もちろん医師に釘を刺されたとおり、インフルエンザの場合は熱が下がってからも油断はできません。自分は良くてもまわりにウィルスをまき散らす危険がありますし、体力が落ちているので別の菌に感染するということも起こりやすいそうです。実際、平衡感覚が少々おかしくなっている気がします。一日寝ていたからかもしれませんが、ふらつくというか、視覚情報と体感情報が一致しないような感じです。やはり言われたとおり、あと2日、おとなしくしていたほうが良さそうです。
夕方にちょっとピアノの鍵盤に向かってみたのですが、指がなかなか思った鍵盤に届いてくれないので閉口しました。こんな状態では、確かにウィルス散布のことが無くても、練習伴奏者としては大変お粗末なことになるところでした。
マダムはそれを聞き、心配して
「インフルエンザ脳症になったんじゃない?」
と訊いてきました。インフルエンザの高熱で脳の一部に損傷が出ることをそう言うのだそうですが、これはさすがに40度超えになるか、もしくは39度レベルの熱が何日も続くとかでない限り、そうそうは起こりますまい。私の場合は、ほぼ丸一日で吸入薬が効いたようなので、脳症になったとは考えられません。
日曜一日は、用心して何度も検温していましたが、37度を超えることはありませんでした。もう解熱剤による一時的な効果ではないでしょう。
以前私がインフルエンザになったときにはまだ無かった、あの吸入薬が、あれほどてきめんに効くとは思いませんでした。昔はインフルエンザになったら、とにかく1週間は休めと言われたものでしたが。
もっとも吸入薬の説明書の注意事項を読むと、「神経症状(異常行動、幻覚、けいれんなど)が現れた場合はご連絡下さい」などとおそろしげなことが書いてありました。そういうものが現れることもあるのでしょう。夜に切れ切れに見た夢のようなものは、夢というよりも幻覚に近かったのかもしれません。そういえば、タミフルを服用した高校生が急に窓から身を投げたなんて事件がありましたっけ。今度の薬はタミフルではありませんが、似たような作用と副作用があるのでしょう。 解熱一日目である日曜の晩は、しかしやはりあまり安眠ができませんでした。
腰の痛みは、日中起きているうちにほぼ無くなりましたが、代わって肋骨の下のほうとか首筋とかに変なむずむずする感覚ができ、また眼も少しやられて、ひどい眼精疲労になったような痛みを覚えました。なるほど熱は下がっても、まだ治ったわけではないのだなと、かえって納得しました。
今日(15日)一日も、ほぼ家でおとなしくして過ごしました。「ほぼ」というのは、ゴミ捨てに出たのと、郵便局に用事があって足を運んだからです。もっともその郵便局というのは、行きつけの医院よりさらに近く、50歩くらいで行けてしまうところにあります。ちょっと入金の必要があったのと、レターパックを1枚買わなければならなかったのでした。マスクもしっかり着用して行ったし、ごく短時間なので、まあウィルスを散布したことにはならないでしょう。咳もしなかったと思います。
だいぶ復調してきたのは体感します。平衡感覚もかなり戻ってきました。いちおう、医師に言われた制限期間は明朝ということになります。明日は銀座に新しいカメラを受け取りに行くのと、また板橋のリハーサルがあるので出席する予定ですが、体調は戻っても体力は戻っていないかもしれず、油断は禁物でしょう。 それにしても、ずっと罹患していなかったので舐めていました。来シーズンはちゃんと予防接種を受けようと思います。高熱のいやな気分はもちろんですが、あの腰痛はかないません。
ただ病中、マダムが大変親切であったのは嬉しいことでした。まあ、普段から同じくらい親切にしてくれてもバチは当たらないと思いますが(笑)。
A型B型共に非常にはやっているようです。皆様も、どうかお気をつけられますように。
(2018.1.15.)
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