3.藤
5月3日(火)に国営ひたち海浜公園でネモフィラを、翌4日(水)に思わぬチョンボを犯しながら無事に市貝町の芝ざくら公園で芝桜を鑑賞した私たちは、結構な山道を歩いたり、40分近く日なたでぼーっとしていたりして、いいかげんくたびれたので、もう帰っても良いような気もしたのですが、いちおうあしかがフラワーパークで藤の花を見る予定を立てています。ここまで来たら初志貫徹すべきでしょう。
上にも書いたとおり、芝ざくら公園から4キロばかり歩いて向田(むかだ)というバス停から那須烏山市営バスで烏山駅に出ましたが、ここからの接続はひどく悪くなっています。烏山に着いたのは14時25分くらいだったのですが、そこから乗り継いで、あしかがフラワーパークの最寄り駅である富田に到着するのはなんと18時07分。JRの線路にして94.1キロほどしか離れていないのに、所要時間は3時間40分ほどもかかってしまうことになります。 まずバスと烏山線の接続がまったく図られておらず、次の烏山発の1336Mは1時間以上あとの15時29分です。烏山線はおおむね1時間おきくらいに列車が走っている路線なのですが、烏山発で言えば11時台と14時台が抜けているのでした。
しかも烏山線の列車の大半は宇都宮発着なのに、この1336Mは宝積寺止まりで、東北本線の列車に乗り換えなければなりません。直通の列車なら、宝積寺には2分程度停車するだけなのですが、この乗り換えは8分待ちで、ここでもロスタイムが発生します。
宇都宮には16時30分に到着することになりますが、すぐに接続する16時36分発の快速ラビットに乗り換えて、両毛線の富田へ行くための乗換駅である小山に着くのは17時02分。ところが、両毛線の電車は、なんと意地の悪いことか、まさにその17時02分に小山を発車してしまいます。時刻表の上では同時刻になっていても乗り換えのできる場合がありますが、小山駅、とくに両毛線のからむ乗り換えの場合は絶対に不可能です。両毛線のプラットフォームは、渋谷駅の埼京線並みに離れていて、乗り換え所要時間が5分あってもあまり余裕を感じられないほどです。
次の17時35分の電車470Mを待つしかありません。そうすると、宇都宮で急いで乗り換えなくとも、次の電車でも間に合いますから、宇都宮の売店で多少の買い物をする時間を捻出しました。
いずれにしろ、乗り換えごとにけっこうなロスタイムが発生し、富田着が大幅に遅くなるはめになったのでした。残念ながら、どこかで短絡するという方法はありません。
さて、1時間ほど待って、烏山を出発します。新造電車の1336Mは軽快に走りはじめました。
ん? 電車? ……と、ライトな鉄のかたは不思議に思われたかもしれません。なぜライトかというと、ディープな鉄のかたなら先刻承知でしょうし、逆にまったく鉄分の無い人だと、何が不思議なのか理解できないでしょうから。
近年、鉄道車輌のことを、ディーゼルカーも機関車牽引客車もひっくるめて「電車」と呼ぶ人が増えています。昔は逆に、なんでもかんでも「汽車」と呼ぶ人が多かったのと同じ現象でしょう。電車というのは車輌そのものにモーターを装備していて、電気でそのモーターを廻して動くもののことですから、ディーゼルエンジンで動くディーゼルカーや、各種の機関車に牽引される無動力の客車は、正しくは電車と呼ぶわけにはゆきません。ここまでは鉄分のある人には常識と言えます。
さて、電車はその動力源である電気を、線路の上に張られた架線から取り込んでモーターを廻します。従って、線路の上に架線の無い非電化の路線を電車が走ることはできません。
ところが、JR烏山線は非電化路線なのです。そこに「電車」が走っていると書いたので、ひっかかる人が居たかもしれないと思った次第です。列車番号にもモーター、つまり電車をあらわすMの添え字がついているので、私が間違えたわけではありません。
この列車の正体は、蓄電池駆動システムを備えたEV-E301系電車です。蓄電池(Accumulator)からとって「アキュム」という愛称がつけられています。蓄電池を備えた電車を非電化区間に走らせようという案は、ずいぶん前からありましたが、効率の良い蓄電池の開発がなかなかできなかったのです。電車1輌分くらいの大きさを持つ「蓄電車」でも連結するしかないような状態でした。
数年前になって、ようやく電車に装備できる程度のサイズの蓄電池が完成し、日本初の蓄電池電車がお目見えしたのでした。ディーゼルカーを電車にすれば、何しろ排気ガスが出ないので無公害ですし、インバーターモーターを使うことでエネルギーの効率化もできます。さらに回生ブレーキ(モーターを逆回転させてかけるブレーキで、このときモーターは発電機として機能するため、そこで生まれた電力も使えます)が使えるようになるのでさらなる省資源化も可能になります。
ただ、蓄電池で走れるのはまだ30キロ程度の距離であるようです。そのため、総延長22.4キロの烏山線が、試験運用路線として選ばれたのでした。この電車は烏山駅に設置された充電設備でチャージして烏山線を走ります。また宝積寺や宇都宮でも、停車中に架線からチャージします。宝積寺で下りて東北本線の列車を待っていると、プラットフォームに停車したままになっていた1336Mの屋根から、パンタグラフがにゅるっと伸びて架線に接し、電力のチャージをはじめていました。マダムが気がついて声をあげたところ、近くにいた鉄らしい人が
「あっしまった、見そこねた」
と心底悔しそうに叫んだものでした。パンタグラフが伸びるところを動画にでも撮りたかったのでしょう。
いまのところ烏山線を走っているEV-E301系は1編成だけですが、ゆくゆくは全列車をアキュムに替えてゆくつもりであるそうです。ただ、現在のところディーゼルカーより高速にはなっていません。所要時間はほぼ同じです。高速を出すためには線路なども改良する必要があるし、高速になればなるほど電力の消費も増えますので、現状の蓄電池ではまだ力不足なのかもしれません。今後改良を重ねて、全列車が全線を30分くらいで走れるようになれば、烏山線はローカル線イメージを脱して、宇都宮の近郊路線として活躍することになると思います。
宇都宮に到着し、駅の売店で買い物をしようと思いましたが、この駅の在来線コンコースには大した店がありません。JR東日本直営コンビニのNew Daysと、ちょっとした土産物屋と、駅弁売り場があるくらいです。新幹線コンコースにはもう少しいろいろあるようなのですが、いまや長距離客は在来線を使わない前提になっていますので、在来線コンコースは寂しいことになっています。
それでも多少の菓子や飲料を入手し、16時55分の2551Yに乗りました。ちなみにYという添え字は、湘南新宿ラインの横須賀線系統を意味します。以前は添え字無しが機関車牽引の客車列車、Mが電車、Dがディーゼルカーで、それだけだったのですが、いまは大都市近郊の列車の便数が増えすぎて、その3種類だけでは追っつかなくなっています。
小山着17時24分。35分の両毛線470Mに乗り換えます。小山駅の構造は、いつ来てみても不細工きわまりないと思います。設計者を呼び出して小一時間問いつめたいような気分になります。
しかし走り出してしまうと、両毛線の電車はスピード感があります。一生懸命に疾走しているように思えます。線路状態が東北本線ほど良くなくて揺れが大きいのと、単線のために景色の焦点が近いせいでそう感じられるということもあるでしょうが、小山〜富田31.1キロを32分で走り抜けるのですから、単線区間の普通電車にしては立派なものです。
富田着18時07分。かなり多くの人が下車しましたし、プラットフォームにもひしめいています。そして注意を向けるべきは、外国語がかなり多量に飛び交っていることでしょう。
「世界の夢の旅行先10箇所」という、CNNテレビが選んだランキングがあり、あしかがフラワーパークはそこに、日本から唯一ランク入りしたのだそうです。効果はてきめんで、いきなり世界中から旅行者が集まるようになってしまいました。
駅からフラワーパークまでは1キロ近く歩かなければならないのですが、要所要所に交通整理と案内を兼ねた係員が立っているほどの客入りなのでした。
なお陶磁器のコレクションで有名な栗田美術館もあしかがフラワーパークのすぐそばです。マダムは栗田美術館には、父親の運転するクルマで何度も訪問しているのですが、いつもクルマだっただけに、富田駅近くで、なおかつあしかがフラワーパークは目と鼻の先であったということに気づかなかったとのこと。
あしかがフラワーパークの入場料は、開花状況などによって上下するという珍しい方式をとっていました。その日の朝にならないと入場料がわかりません。4日は、ゴールデンウィークのまっただ中で、藤の花は盛りでもあり、最高ランクの料金になっていたようです。いまちょっとサイトを見てみたら、今日(6日)の入場料は4日よりも300円下がっていました。ただし、夜間料金(17時半以後)は昼間よりも300円安くなります。
入口を通り抜けると、いきなり大きな土産物売り場に入ります。それをさらに抜けると園地で、あの国営ひたち海浜公園ですら及びもつかないほどに、人、人、人の波でごった返しています。
陽が落ちてくると、藤の花を照らすイルミネーションが幻想的な美しさをかもしだします。そこらじゅうの人たちがカメラやスマホを構えてシャッターを押しまくっていますが、この種の夜間イルミネーションというのは、素人が写真に撮っても、そうそうきれいに写るものではありません。眼の奥にしっかりと焼きつけたほうがよっぽどましだと思いますが、人はきれいなものを見るとどうしてもレンズを向けたくなるものであるようです。
私は人いきれでメマイがしてくるほどでした。とはいえイルミネーションに浮かび上がる大量の藤の花はやはり見事で、一生のうちに見ておく価値は確かにありそうなのでした。
何十畳敷きというほどの広さの棚からほとんど隙間無しに下がっている藤の花が、ただ1本の樹によって咲いているというのが、なにやら奇跡的なことのように思えます。
藤の盛りだったので、明かりもほぼ藤の花ばかりに当たっていましたが、他の花々もきれいだろうなと思いました。別の季節にまた訪れてみたいという気がします。それならこれほどの人出にもみくちゃにされなくとも済むかもしれません。
園地の中を歩いた距離はさほどのこともないと思われますが、一周してくるとすっかりくたびれました。
あしかがフラワーパークからは、東武伊勢崎線の足利市駅までのシャトルバスが出ています。私たちは最終の20時発に乗るつもりだったのですが、その前の19時45分発というのに間に合いそうなタイミングでした。
しかしそれから土産を買ったりしなければならず、やはり19時45分には間に合わないかとあきらめかけました。シャトルバスの発着所はあしかがフラワーパークの出入り口から少し離れています。
ゲートを出て、発着所への道をたどると、なんとかぎりぎり19時45分にすべりこめそうな雲行きです。途中の信号機にひっかかってやきもきしましたが、まさにあと数人というところで間に合いました。このシャトルバスは無料ではありませんが、ひたち海浜公園のシャトルバスと違って観光バスタイプの大型バスでした。
足利市から特急「りょうもう」で北千住へ出て帰宅しました。実は、普通電車で久喜まで行ってJRに乗り換えてしまったほうが所要時間は短かったのですが、かなり疲れたことでもあるし、豪華列車で締めたい気持ちがあったのでした。
帰宅してから、私の携帯電話に附属している万歩計を見ると、この日の歩数は15321歩となっていました。この歩数は距離にすれば10キロ弱くらいで、そんなに驚くほど歩いたという数字ではありませんが、途中ほとんど山道みたいなところがあったり、炎天下だったり、3歩とはまっすぐ歩けないような人混みの中だったりしたせいか、帰ってくると相当にくたびれていました。マダムも翌日になって筋肉痛を訴えていました。私は筋肉痛というほどではありませんが、ここ一両日、動作がなんとなく緩慢になっていることを感じます。かなりの強行軍であったことは間違いないでしょう。
花々には堪能しましたが、次はやっぱり、あまり人混みとぶつからないような旅に行きたいと思っています。
(2016.5.6.)
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